第318話 クロスステッチの魔女、頼まれごとを引き受ける

 オオカミは私に撫でられるのが気に入ったのか、何度か撫で終わって手を離そうとしても『もっともっと』としてきていた。大変にかわいい。しばらく撫でていると、思い出したように『あ!』と声と上がる。尻尾もピンと立った。


『魔女様、群れの家族が魔女様に会えたら、お願いしたいことがあるって言ってたんだ』


「お願いごと?」


 動物から頼まれることが何か、うまく想像がつかない。オオカミは群れで狩りをする生き物で、彼らが連携を取れば自分達より大きな相手を倒すことも難しくない。群れの中は皆家族で、結束も強く、群れの仲間が害された時は報復に来ることもある獣。そんな彼らが、魔女に何を頼むのだろうか。


『魔女様ならね、魔物を倒してくれるかもって。狩りで少し遠出したところに、魔兎の群れがいたんだ。小さいのだったら、俺達でかかれば怖くないけど……大きい魔法憑きもいるし、そういうのは、魔女様が倒してくれるって』


「魔法憑きの魔兎かぁー……」


 美しいものには、魔法の力が宿る。それは魔女が作り出すモノだけではなく、自然物も対象だ。というか、美しい自然に宿る魔法を自分の手で作り上げて同じモノを引き出そうとするのが、魔法なのだ。


「マスター、魔法憑きって普通のとどう違うんですか?」


「魔物自体は、魔力のあるものを食べて身の内に魔力を蓄積させ続けたものを指すけれど……その中でも毛皮が綺麗だったり、牙が綺麗だったり、何らかの理由で魔法そのものを宿してる魔物を、魔法憑きと言うわ」


「すごそうですねぇ……」


「ピカピカしてるの、確かにたまーにいる!」


 魔法憑きは珍しい存在だ。天然と自然の産物で、そうあれという意思もないのに魔法を纏うというのは、そうそう起こり得るものではない。珍しいからこそ価値は跳ね上がるというが、オオカミには貨幣も何も縁がないのだろう。自分達の群れの生活を脅かす可能性のある存在として、ただ排除しようとするだけだ。それこそ、魔女の力を借りてでも。


「その魔法憑き、どれくらい大きかったの?」


『んー、大きさだけなら俺が噛み付いて仕留められると思ったかな』


 さすがにオオカミが何頭も連携して仕留めようとするような大きさだったら無理だと思ったけれど、おそらくびっくりするほど大きな個体ではなさそうだ。それなら多分、私達でもできるかもしれない。他の魔兎より大きな個体だったら、その分長く生きて魔法も洗練されてしまっていて、私達には荷が重くなっていただろうし。


「引き受けていいけど、一度魔法を取りに帰って出直してもいい?」


『いいよ! ありがとう魔女様!』


 そう言って、若いオオカミは嬉しそうに鼻面をすり寄せてきた。

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