第316話 クロスステッチの魔女、雪の中を歩く

 私が雪をかき分けて歩くことにしたのは、単純な気分によるものだった。あと、飛ぶよりこの方が、獣を見つけられるかもしれない、と思ったこともある。とはいえ年も明けてそこまで経ってない真冬では、歩き回ってる獣の方が少なかった。


「と、いうか……よく考えなくても、今歩いてる獣の方が、不味いわよね」


「そうなんです?」


「それはそうかもー?」


 アワユキは雪の精霊だから、冬場の獣のことはもちろん知っていたのだろう。単純そうな顔で頷かれた。ルイスにはもう教えていた気でいたけれど、どうやらそうではなかったらしい。


「冬に私達が食べ物を溜め込んで家に篭って出かけなくなっていたように、獣達も本来はそうしているの。それが出歩いていたら、籠る巣穴か食べ物が足りないってことにもなるしね」


「……それって、もしかしてとても危ないのでは?」


「クマに出くわしたら、流石にお祈りかなぁ。魔女はそうそう死なないけど、癒しの魔法って実はあんまりないからねー……」


 美しいもので体に有害なものは、実はこの世に大量にある。魔女になってすぐ、口を酸っぱくして言われたものだった。迂闊に触れてはいけないものとか、長いこと持っていてはいけないものとか、色々とある、と。魔女の体は頑丈にできているから害は軽いけれど、人間だと命に関わるようなものもあるのだ。そういう素材については、人間に乞われても渡してはいけないと言われていた。絶対に渡すな!と、お師匠様にはガッツリ言われたものだ。


「マスター、僕も面白そうって賛成しちゃいましたけれど、これ、帰った方がいいのではありませんか?」


「うーん、でも出かけちゃったからある程度は何かをしておきたいし……ただ帰るのは嫌だし……」


 真冬の森は、雪で真っ白に染まっていると思われやすい。でも、少し違うのだ。雪はただ白いのではなく、少しだけ青い。今もしんしんと雪が降り積もっていて、幸いにも滑って転ぶ心配だけはなかった。外套に刺していた《保温》の魔法の効果もあってほんのりと温かく、人間の頃に震えていたのと違って外に出ること自体に実はそこまで命がかかりそうな感覚はない。魔女になっても私が冬場にあんまり出かけないのは、単に今までの習慣が残っているだけなのだ。


「木の実とかを摘めたらいいなとは思うけれど、そういうのはそれこそ冬に困っている獣に残しておくべきよね。雪は少し集めておいてー……あ」


 かすかに耳に、雪を踏む音が聞こえる。被っていた刺繍が少し震えて、魔法を働かせ始めた。

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