第315話 クロスステッチの魔女、魔法を試しに出かける
色とりどりな糸で魔法が出来上がった頃には、随分と達成感があった。もっとも、この魔法自体はわざと弱く作ったものだ。多分遠くの獣の声はわからないし、複雑な言葉も理解はできないだろう。これはあくまで練習で、だから何度も何度も糸を解いたりして糸に癖がつくのも問題なかった。一世一代の試験として提出する魔法であれば、たとえ魔法の効果に若干の強弱しか影響を及ぼさないとしても糸を解いた癖のある魔法は出したくない。けれど、練習ならそんなことも問題なくできた。これで本番の魔法を上手に作れるなら、いっそ安いものだ。
「でーきたー!」
「おおー!」
「おめでとー!」
二人に祝福されながら、早速この魔法で『どうやって』『何の』声を聞こうか考えてみる。それなりに複雑な模様を刺す分布も大き目で、昔に見かけた髪を上げるのに使う布くらいの大きさがあった。というわけで、まずはこうしてみよう、と髪を束ねて上げる時に使ってみる。
「なんだかんで十年……十五年? それくらいあれば、長い髪にも慣れるものね」
「昔は短かったんです?」
そうね、とルイスの言葉に頷き、自分の姿を確認する。
「ただの人間の……それも、山奥に住む田舎娘では、髪を伸ばしても綺麗に保つだけのお金とかがないもの。長い髪が許されない、というわけではないけど、立ち働くには邪魔だしね。だから長い髪と白い肌は、外でくるくる働いたりすることと縁のない尊い人と魔女の証でもあるわ」
メルチは髪が長かったし、鵞鳥番にされていてもリズは長い髪を帽子にしまっていた。あの時殺された侍女の髪が長かったのは、魔法で伸ばすか何かしていたのだろう。長い髪の自分を見た時は、魔女になったというのを改めて感じて感慨深い気分になったものだ。
「マスター、その魔法で早速おしゃべりしに行きましょうよ!」
「アワユキも雪の中にお出かけしたーい!」
私はそう言う二人に急かされるようにして、毛皮の外套を着て外に出た。身を切るように冷たい吹雪が頬を打ち、服の隙間から入り込むのが嫌でぎゅっと服を着込む。ルイスは《ドール》だから平然としていて、元々が雪の精霊であるアワユキはかなり上機嫌で吹雪に乗って飛んでさえいた。
「ひゃっほー!」
「アワユキ! 白いから見失うんですよあなた!」
「あんまり遠くまで行っちゃおうとしないで! はぐれる! はぐれちゃうから!」
そのまま白に埋もれてどこまでも飛んでいきかねなかったので、慌てて掴んで引き戻す。いざ探すと、真冬に外をうろつく狼なんてそう簡単には見つからなかった。
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