第310話 クロスステッチの魔女、お話を書き写してみる

 しばらく、魔法の練習と並行して字の練習をした。少しずつ、少しずつ字はうまくなった……と、思う。うん。多分、きっと。


「マスター、マスター! 僕、僕の好きなお話を書き写してみたいんですが、マスターの本を見てみていいですか?」


「ええ、いいわよ。私も全部は読みきれてないから、ルイスが何が好きそうかはわからないけれど……」


 私がそう許可を出すと、ルイスは私の小さな本棚からいくつかの本を一冊二冊、取り出して読み始めた。ページをめくる速さが、私の読む速度より明らかに速い。書く字も私のものより上手いし、やっぱり、学のある賢い魂をしているのは確かだった。


「お話を書き写すの、私もやってみようかしら。いい考えだわ。ありがとうね、ルイス」


「いえ、なんとなく浮かんだだけで……マスターは何のお話を書き写すんです?」


「そうね、読んでみて決めようかしら」


 ルイスは黙って字が読める。私は小さくでも声を出しながらではないと、まだ字を上手く読めない。ルイスはすごいなぁ、と思いながら、私は自分が手に取った魔女の物語集のひとつを書き写してみることにした。

 本、というのは、書き写さなくては増えない。まだ、勝手に書いたりしてくれる魔法はない、らしい、のだ。噂では、話した言葉を勝手に書いてくれる魔法があると聞いたことはあるけれど、さすがにないだろう。お茶を淹れてくれる魔法とは訳が違うのだ。どれだけ複雑な魔法を刺さなくてはならないのか、お茶を淹れてくれる魔法の図案の時点で複雑さに諦めた私には、想像さえできなかった。だから、さすがにないだろう。多分。


「主様は、本、書かないのー?」


「まだ字が丁寧に書けないから、やめておきたいかなぁ……。書き物とか記録自体はまだいいんだけど、本になるとねぇ。特に改まった感じになってしまうでしょう? 三等級に受かったら、写本を始めてみてもいいかも。だから、今のは練習ね」


 私の書いてみた字と、本の字を比べてみる。真似をしながら同じ文章を書いてみたはずなのに、字が全然違った。やっぱり、練習しかないのだろうか。いつかはこんな風に、本にできるような字が書けるようになりたかった。


「魔女はどんな本を写すんです?」


「気分次第かなぁ。物語を写す魔女、お裁縫や一門の魔法を写す魔女、色々よ。写本用に白紙の本をもらってるんだけど、勿体無くて使えなくて……」


 この字では、あと数年は白紙のまま封印になりそうだった。お師匠様やお姉様方やルイスが書けばいいと言ったところで、自分が自分でこの字の本を許せなかった。

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