第309話 中古ドール、日記を書いてみる
「マスター、これが僕用のペンですか?」
「ええ、買ってあげるわ」
マスターは三等級魔女試験を受けると決めて、魔女組合に羊皮紙の切れ端を買いに行った。綺麗に形を整えた紙は高かったけれど、切れ端をまとめて買うのは安いらしい。穴開け針で穴を開けて、紐を通して書付としてまとめている姿はマスターがしているのを見ていた。
「ルイスにも、ルイス用の書付を作ってあげようね。アワユキもいる?」
「いるー! おそろいがいいー!」
かくして、僕もアワユキも、小さな羽ペンとインクになる黒洋墨の実を用意してもらったのだ。ルイス、と一番上の紙に自分の名前を書いたところで、なんだか物足りない気分になる。
(僕の名前って、これだけだったんでしょうか)
ふっ、と胸に湧き上がる違和感。僕の名前は、ルイスの他にもう少しあるような、もう後何個か文字を続けていたような、そんな既視感。けれど、書くべきものは見つからない。
「マスター、僕の名前ってルイスだけですか?」
「変なことを聞くのね。ルイスだけだけど……強いて言うなら、『クロスステッチの魔女の』ってつけてみるくらい? 少し長いかしら」
「でも、マスターの僕って感じがして、僕、好きです」
お手本を見せてもらいながら、『ルイス、クロスステッチの魔女の《ドール》』と書いてみると、これでいいんだと思えた。きっと、人間だった頃の何かの名残りなのだろう。でも、僕には必要ない。だって僕は、マスターの《ドール》なのだから。
その日から、僕達もマスターもこまめな記録をつけることが始まった。アワユキは自分の名前の書き方を覚えたら、それからは難しい文章よりも絵を描く方にハマっていたようだけれど。僕は、簡単な日記を書いてみることにした。今日の日付……はあんまりわかんなかったけれど、お天気、そして今日あったことを書く。
『晴れ。今日はお天気がいいので、マスターが沢山のお洗濯物をしました。僕はマスターと違って体が小さいし軽いから、お手伝いはあんまり出来ませんでしたけど。干すのは手伝えました。空が飛べるから、木に引っ掛かるのができます。アワユキと二人で頑張りました』
『雪。マスターは一日、服を直していました。この間、うっかり藪で引っ掛けて切れてしまった袖が元通りになる様子は、魔法のようです。でも、魔法ではないんだそうです』
『晴れ。僕の日記を見たマスターに、どうやったらこんなに綺麗な字が書けるのか教えてくれと言われました。なんとなく羽ペンを動かしているとこうなってるから、教えるのはできませんでした』
こうして日記を書いているうちに、また春が近づいていた。
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