第308話 クロスステッチの魔女、字の練習の話をする
お師匠様が用意してくれたいくつかの本は、そのまま私の家に置かせてくれることとなった。
『言っておくけど、あげたわけじゃないからね。三等級試験に受かったら、返してもらうから。大事にするんだよ、破いたり書き込みしたりはしないこと』
「そんなことしませんって! あ、でも、お師匠様。羊皮紙の切れ端、なくなりそうなんですけどどこで買えますか?」
『組合に売ってるよ』
お師匠様に前にもらった無地の羊皮紙の切れ端は、色々と書き込んでいるうちに数を減らしていた。二年くらいでなくなるとは思っていなかったけれど、書くことを少し意識してみたら案外簡単になくなるものだと驚く。
『せめて自分の名前だけでも、もう少し上手に書けるようにおなりなさい。三等級になってもカクカクした字で名前を書くようでは、先が思いやられるよ』
「うっ」
記録を取ったりするようにしてみたものの、やっぱり慣れないことをするのは手が疲れるし、お師匠様やお姉様達や、本の字のようにひと繋がりの綺麗な字を書くことはまだできていなかった。クロスステッチの四等級魔女、という署名も、本当は結構苦手だ。もっと文字数の少ない本名さえ、実は苦戦しているのだから。
『渡した中にある赤い革表紙の本は、綺麗な字を書くための本だよ。お手本にして字を練習なさい。三等級になれば文字を刺繍することもあるんだから、その時に書くことも下手では暴発するからね』
「練習します……!」
ルイスは私が赤い革表紙の本を開いたのを横から覗き込んで、「マスター、僕も練習してみていいですか?」と聞いてきた。
「興味があるの? ルイスは私より賢い子だものね……うん、いいと思う」
読むのが上手だから、書くのも上手なのかもしれない。そう思うと、ルイスの元の魂のことを少し考えそうになって、やめた。ターリア様だって、時間を戻すことはできないのだから。
『ルイス、あんた元々は賢い子だろう。この子の字があんまり上達しないようなら、教えてやっておくれ』
「わ、わかりました」
「兄様ってば、責任重大〜!」
茶化すように言うアワユキに、ルイスは少し心なしか、頰を膨らませてみせた。かわいすぎる。《ドール》の陶器製の肌なので、生身のそれほどは膨らまなかったけれど。
『三等級魔女時間を受けさせる、あたしからの条件がいくつかあるよ。
まず、自分の名前がまともに続け字で書けるようになること。
それから、渡した本にある図案の刺繍を刺したり、編み物をしたり、糸紡ぎをしたものを見せること。
もちろん、簡単な筆記試験もしてもらうからね』
「わかりました……」
百年で受かるか、少し自信がなくなってきた。
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