第307話 クロスステッチの魔女、受験したいと話す
「お師匠様、お師匠様、私です。クロスステッチの魔女です」
決めたことについて動くなら、なるべく早い方がいい。魔女に人生の残り時間を問うのは意味のないことだけれど、糸車を回すのであれば弾みのついた時が一番だから。
『なんだい、どうしたの。年初めの挨拶かい?』
「あ。それもありましたね。お師匠様、新しい年、おめでとうございます」
水晶に映ったお師匠様にそう言って一礼すると、「新しい年おめでとう」といつも通りの返事を返してくれた。
『それで、挨拶は本題じゃないんだろう? また何か壊したのかい』
「壊してませんって! 新しい年だから、目標を立てた宣言ですよ」
こういうところはなんというか、日頃の行いが悪い、というべきか。思い返すと日常の話とかを連絡するより、お師匠様に泣きつくために連絡していたことの方が多い気がする。だからだろうか。だからだろうな!
「私、三等級魔女試験の勉強がしたいです。四等級に受かって独り立ちした悦びに浸っていましたけれど、もう生活も十分回せますし。それに私、次に夜会に行かせてもらえた時に四等級のままではダメだろうなって、思うんです。試験のお許しを早めにもらえるよう頑張るので、勉強させてもらえませんか?」
水晶の向こうからは、沈黙が聞こえる。四等級の試験を受けるのに二十年かかった私だから、今年中に受けたいだなんてことは思っていなかった。
『三等級になって、したいことでもあるの?』
「いえ、単純にもっと魔法の腕を磨きたいんです」
恐る恐るといった調子で聞かれたことの理由がよくわからず、私は単純に答えた。
「強いて言うなら、グレイシアお姉様が前に作ってくれた、ルイスが食べるようになった服。この刺繍を私もできるようになって、私の仕立てた服で飛ぶルイスが見たい……ですかね?」
『確かにあれは三等級になれば使えないことはないわね……なるほど』
ふむふむ、と頷く気配。そんなに変なことを言った覚えはないのだけれど、ドキドキする。少し、怖いくらい。どうしてこんなに、ドキドキしないといけないんだろう。顔を合わせて話していたら、こんな風には思わなかったのだろうか。
「その……だめ、ですか?」
『いや、いいよ。もちろんすぐには受験させてやれないけど、勉強するのはいいことだ。少しお待ち、それなら三等級試験で勉強になりそうなものを送るから』
「ありがとうございます、お師匠様!」
それから少しして、私の水晶の上に小さな《扉》が開かれる。何冊かの本には私にも読める簡単な文字のものから、もっと難しそうなものまで色々と並んでいた。
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