第311話 クロスステッチの魔女、お話を書き上げる
短い物語ひとつを書き写すだけで、慣れていない私は三日かかった。読んだり聞いたりしたら一晩で終わるような、短いお話だというのに。
「や、やっと書けた〜……」
「お疲れ様です、マスター」
一流の魔女は大抵、字が上手い。曲線を多用した優雅な字を書くのに対して、私はまだまだ私のクロスステッチと同じく、角張った字になっていた。……これでも、うまくなった方なのだけれど。最初の頃は本当に、酷かったから。
「途中がけでもいいから、ルイスのも見せてくれる?」
「はい! 僕もマスターのお話が見たいです」
ルイスの方が上手いんだよなぁ、と思いながら、お互いの書き付けを交換する。私が書いたのは『白のアンナエアとロンウード王のお話』で、ルイスは昔に読み聞かせた、小さな国のお話を書いていたようだった。やっぱり、読みやすい。
「ルイスはとっても字が上手ね。ある程度は私が書けなきゃ試験にも受からないけれど、いざとなったら私の代わりに本を写してもらおうかしら」
「そ、それは責任重大すぎるから、荷が重いですって!」
「でも兄様、主様よりも本みたいな字を書くよねー?」
悪気がないアワユキにもさらっと追撃されて、ルイスが小さく声を上げる。褒めているのだから素直に笑って欲しかったのだけれど、中々思ったようにはいかないようだった。
「そ、それよりマスター、僕、マスターの書いた他のお話も見てみたいです! 書いてくれませんか?」
「練習はまだしないとだし、ルイスが言うなら書いてみようかしら」
お師匠様も、必要なのは数をこなすことだと言っていた。魔女は力仕事以外、なんでもできるように思われるのは、長い時間の中で数をこなしているからだ、と。
『だからあんたも、それだけできるようにおなり。二十年の修行の後も、学ぶことは怠るな。そこで止まって永世を貪るだけであれば、魔女たりえないとしてその首飾りを取り上げられるよ』
『ひえっ……』
多分、首飾りを取り上げられて魔女でなくされる、というのは、さすがに脅しだろうけれど。向上心のない魔女はいけないらしい。
「よくわかりませんが僕がなんとなく書けてるから、マスターも書けるようになりますって!」
それは多分昔の記憶によるものなのだろうけれど、人間の頃のものであれ、前の持ち主のものであれ、ルイスには字を練習した記憶はやっぱりないらしい。
「……ルイスは、習った覚えのないことができて、不安?」
「いえ、マスターが褒めてくれるから、むしろ嬉しいです。本を代わりに書いてとか言われると、さすがにそこまでは持ち上げすぎって、思ってしまいますが」
ルイスは照れながらもそう言って、笑った。
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