第302話 クロスステッチの魔女、思い出話をする

「マスターは、最初は上手にお砂糖も出せなかったってさっき言ってましたけど……ならどうして、魔女になったんですか?」


 ちょっと豪華なお夕飯を終えて、そろそろ休もうかという時間になって。普段より少し遅い夜にそう聞かれて、私は「あれ、話したことなかったっけ?」と首を傾げた。


「アワユキ、知らなーい」


「僕も、どうしてアルミラ様に弟子入りされたのかは知りません」


「あらあら、もう話したと思ってたわ」


 本当に、話したと思っていたのだ。すっかり忘れていたことに驚いた。ルイスを手に入れて一年半、アワユキを拾ってそろそろ一年。まだ私にとって一年はそれなりに長いから、どこかで話をしていた気になっていたらしい。そしていい子の二人は、私が言わないのには何か理由があるかもしれない、と待っていてくれたようだ。


「それじゃあ、お話してあげようか。二人ともおいで、今日は私のベッドに一緒に入ってもらって話をしよう」


 ベッドの脇に置いている棚の上を二人の寝る場所にしていたけれど、今日は私のベッドの中に二人を引き入れた。普段とちょっと違うことをしていることに、二人はワクワクしている様子だ。


「マスターが人間の頃のお話、聞きたいです!」


「アワユキもー!」


 私は二人に布団をかけてやりながら、昔のことを思い返していた。この毛布は、お師匠様が独り立ちの際にくれたもののひとつ。羊の毛を分厚く織った毛布なんて、故郷にいた頃は私には手の届かないものだった。


「私は北の方の出身でね。山の上で暮らしていたの。小さな村で、私は孤児だった。さすがにもう、親はとっくに死んでるだろうし、魔女になったから、あまり興味もないんだけどね。村長の家で下働きをしながら置いてもらっていて、時折、自分で縫った小さな袋の分だけ、仕事の隙間で綺麗なものを集める暮らしをしていたの―――」


 今も少し荒れている手。肌は白いけれど、それは雲の多い北の山で育ったことによるものであって、青い血なんかではない。そもそも農地になる場所も少なかったし、日が少ないから、安定して取れるのは芋くらいだったっけ。

 私は二人に、自分の過去を話した。名前は伏せて、村で育ったことや、アキから来たという刺し子刺繍の魔女と交流したこと。その時は、魔女に向いていないと言われたことも。


「魔女に向いてない……? それなら、アルミラ様とはどうやって出会ったんですか?」


 私は少し目を閉じて、思い出した。あの時の光景と言葉を。


「リボンでできた、大きなドラゴンが飛んできてね。私の前でリボンが全部解けたかと思うと、中から現れた魔女に私、こう言われたの。『こんな野暮ったい田舎娘が、あたしの弟子になるってのかい?』って!」

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