第303話 クロスステッチの魔女、初対面を思い出す
「その時、お師匠様は自分の弟子に相応しい娘を、《探し》の魔法で探していたんですって。距離によってあの魔法は蝶や鳥になるのだけれど、一番遠いとドラゴンになるの。それで、お師匠様はリボンでできたドラゴンに乗って、旅に出たんですって」
大きなドラゴンになって探されるような相手だ、きっとどこかの姫君だろうと思っていたよ、とは出会ってすぐの頃に言われたことだった。
「でも、マスターのことを田舎娘だなんて酷いです!」
「当時は本当にそうだったから、仕方ないわよ。温泉……温かい湯が湧き出す場所があったとはいえ、まずこんな毛布も、礼服どころか自分用の誂えの服のひとつもなかったし。そもそも、庶民は自分用に仕立ててもらった服なんて滅多にないしね」
「そうなんですね……」
「短く切りっぱなしで手入れしてない髪に、水仕事で傷の多い手、紐で縛って合わせてたお下がりの服に……靴も大きめの木靴しかなかったっけ。街の子よりも粗末な服装だったし、自分の顔も手入れしたことのなかったから、うん、酷いものだったと思う」
何せ、あそこには水鏡しかなかったのだ。今この家にあるような、硝子の鏡だなんてどこにもなかった。ろくな産物もない山あいの村、大きな道もない場所では仕方のないことだった。
「お師匠様は最初、魔法の失敗かもしれないって言いながら、村に滞在したの。旅に少し疲れたと言ってね。そしてまた、私が魔女の世話係をしろって言われて手伝いをすることにしたのよ」
水汲み、薪割り、洗濯、繕い物、料理に掃除。それらの隙間でお師匠様に連れ回されて、山のあちこちにも出かけた。時折、『今から出かけるよ!』と言われて、仕事を放り出さざるを得ないこともあった。最初は叱られたりもしたものの、魔女様のお手伝いとあって大目に見てもらえてたと思う。
「私、探してるっていう花とか石とか、そういうのを見つけるのは結構得意な自分に気づいたの。余裕がある暮らしでもないのに珍しい、とは言われたけれど……綺麗なものを見ることで、心の慰めにしていたのよね」
お師匠様は夏の初めにやってきて、秋が深くなる頃までいた。貧しい村はできる限り魔女をもてなし、その代わりに魔法で作ったパンと砂糖菓子、そして火種などをもらっていた。すべての村々に魔女が居付いてくれてるわけではないし、魔女が必ず村に住んで人の役に立たなくてはならない義理もない。多分、しばらくお師匠様が居着いてくださることを、望んでる村人は多かっただろうけど、私はそうなると思わなかった。
「私は肌寒くなってきた秋の日、お師匠様にあることを聞いたの。『魔女様、あなたはここに長居する気はきっとないのでしょうね。いつ発ってしまわれるのですか?』って」
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