第291話 クロスステッチの魔女、異国の魔法使いに会う
「わたしからの挨拶は以上。皆、好きに話すがよい」
ターリア様は一人一人の参加者全員に声をかけ終えると、そう言って広間の奥に下がられた。それまで見えていなかった薄布で区切られた奥には女王様が座るような立派な椅子があり、その側には大きな仕掛けからくりがある。ターリア様はお酒を飲みながら、その光景を見ておられるようだった。ミルドレッド様がついていき、ガブリエラ様はこちら側に残られている。
「ターリア様、下がってしまわれましたね」
「ご自分がおられると皆が緊張してしまう。けれど話したりしてるのは見ていたいってことで、いつもああして下がられているのさ。隣のあれは古い水時計らしくてね、真夜中になると年越しの挨拶のために来られる」
あれが時計なんですか、と薄布の向こうの大きなものに少し目を凝らしてみたが、どうやって時間を読み取るモノなのかはさっぱりわからなかった。時計というものの存在は知っているけれど、見たことはほとんどない。必要がないから、持ってもいなかった。世の中には、色々なものがあるものだ。
「あれ、お師匠様、あの方って……」
私の目の端にちらっと映った人のことをそれとなく指差すと、まず指を引っ込めろと叱られた。けど、気になってしまう。服の形状は昔会った刺し子刺繍の魔女のそれに似ていたし、何より……。
「男の魔女、初めて見ました」
「おや、そうだったのかい?」
「男の人でも魔女にはなれるんですね、マスター」
習ってはいた。美しいと思う心から魔法を使う魔女は、その特性上、女が大半であるけれど、男もいないわけではないと。ターリア様の御世になられる前からもごく稀にいたけれど、大半が女なので、魔法を使う者を魔女と呼ぶ。
「男の魔女、は失礼だから本人に言うんじゃないよ。魔法使いとお言い……ああ、まああの人なら、あんまり気にしないだろうがね」
私が誰を気にしているか把握したお師匠様の言葉と、当人が振り返ってこちらを見たのはほぼ同時だった。束ねていた銀色の髪が翻り、愛想のいい笑顔を浮かべて近づいてくる。
男の魔女……否、魔法使いは背が高かった。私より、頭二つ分は大きい。しかもその一つ分は、私では立ち上がることもできないだろう踵の高い靴によるものだった。黒い布の礼服の形状は、根本からこちら側のものと違う。一枚の布を帯で体に巻き付けていて、長袖はなんと縦にも手首から肘まで程度の長さがあった。黒い布に少し色の違う黒で蝶や名前の分からない花の刺繍が施してある。銀色の髪に、綺麗な金色の目を細めて、彼は微笑んだ。
「おや、随分と若い子がいるのですね。アルミラ、噂の秘蔵っ子で?」
そう言ってきた声は穏やかで、首には銀色の首飾りが揺れていた。
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