第290話 クロスステッチの魔女、お声をかけられる

「では、皆の者、杯を」


 ガブリエラ様とミルドレッド様が、私を含めた参加者の魔女達に銀色の酒杯を手渡していった。先ほど少し話せたのは、緊張をほぐすためにしてくれたお心遣いなのだろう。上等な葡萄酒が注がれた繊細な銀器を手にその後を待っていると、全員に杯を行き渡らせたお二人がターリア様の後ろに戻られた。対になるように作られた服が、美しく広がる。


「まばたきのような短さではあったが、今年の終わりと、来年の始まりに。乾杯」 


「「「乾杯」」」


 周りの真似をして目線の高さに杯を掲げてから飲むと、来てすぐに飲んだ味とはまた違い甘くて美味しかった。


 その後、ターリア様が参加者の魔女一人一人に声をかけ始めたのを、私は半ば他人事のように見ていた。カルメン様は作り上げた魔法の布のことをターリア様に褒められていて、軽そうな笑顔を消して恐縮していた。ここに何度も呼ばれていても、緊張はするらしい。他の、私のことをちらちら見ていた魔女もそんな様子だった。何と言われていたかまでは、わからなかったけれど。


「リボン刺繍の二等級魔女、アルミラや」


「はい、ターリア様」


「そなたの弟子だけを呼ぶのは気の毒かと思って、そなたも呼んだのじゃ。噂の秘蔵っ子、早速ここに呼ばれるとは、将来有望だの」


「勿体無いお言葉にございます」


 お師匠様は私のようにぎこちなくもならず、優雅に一礼してみせた。


「無事に、あの子を三等級以上にしておやり」


「……はい」


 まだ聞けてない、もう一人のクロスステッチの魔女。嫌な話になりそうな種をこうして拾ってしまう度に、聞きたくないというのが募っていった。


「……さて、クロスステッチの魔女や」


「ひゃいっ」


 お師匠様と話し終えたターリア様が、すぐに私に向き直ってお声をかけられた。上擦った声が出てしまって、顔が赤くなる。そんな頬を隠すように、三角帽子を深く被った。


「此度は長年変化のなかった遺跡にて、新しい発見をしたとのこと。その功績はこの夜会に呼ぶに足ると判断して、呼ばせてもろうたのじゃ」


「い、いえ、私よりも私の《ドール》の方が……あの発見については……」


 ターリア様の目が、ルイスに向けられていることを感じた。布でお顔が隠されているから、どんな表情をされておられるのかはわからない。ただ漠然と、これが続くのは何か……なんとなく、よくないような気がした。


「そなたの《ドール》、よく躾られた子じゃの」


 私が何か言う前にちゃんと一礼できているルイスを、ターリア様は直々にお褒めになる。ありがとうございます、と言うと、ターリア様は他の参加者の方へ歩いて行かれてしまった。

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