第288話 クロスステッチの魔女、魔女の長を見る

 その声が響いたのは、唐突だった。


「エレンベルク=魔女二重王国の長、魔女の守護者、唯一にして無二たる特級魔女ターリア様! おいでになられました!」


 水を打ったように会場は静まり返った。高らかな声がする方に、お師匠様もカルメン様も皆が膝を折る。私も慌ててそうすると、ルイスも一足早く他の男性型の《ドール》の仕草を真似てくれていて、私はアワユキに頭を下げるよう促すだけで済んだ。


(膝を軽く折り曲げて……スカートの裾をつまんで……三角帽子のとんがりを相手に向けすぎない程度に、頭を下げて……ああそうだ、首飾りに片手を添えないと!)


 なんとか礼の取り方を思い出してそうしていると、柔らかな衣擦れと硬いヒールの音が響いてきた。服に香を焚いておられるのか、魔力がある夜薫蓮の甘い香りがした。金属の音がするのは、私がそうしたようように三角帽子に飾りをつけておられるからだろう。どのようなお方なのかは、歌物語で知っている人間も多い。私もそうだった。何百年も生きている生きた伝説。バラバラになっていた魔女達をまとめ上げ、今の様々な制度を定めた現代魔女の始祖。ターリア様がお作りになった糸は丈夫で魔法の力も強く、ひとかせを何枚もの大金貨で取引するという。大金貨一枚で、辺境の庶民四人家族が一年食べていけるというのに、だ。


「皆、よく集まってくれましたね。顔をお上げなさい」


 少し低い、落ち着いた柔らかい声にお許しを得て頭を上げると、そこにいたのはとても美しいと直感してしまうほどの人だった。

 顔は、薄い灰色の布を前に垂れておられるからわからない。でも、帽子から溢れた髪は薄い金色をしていた。誰よりも高い三角帽子には美しい細い銀細工の冠がはまっていて、このお人が魔女の女王であることを示している。ドレスには幾枚もの布が重ねれていて、ひとつひとつの布は薄いのに重なると美しい黒色になっていた。靴は見えないけれど、きっと凝ったものなのだろう。


「今年も色々とありましたが、こうして顔を見れること、嬉しく思います」


 垂れた布の下で、赤い唇が動くのが見える。真っ白い肌は、間違いのない貴人の証だった。ターリア様のお姿を見られた歓喜と緊張に震えながら、私は立ち尽くしていた。


(あっ)


 ふと気づくと、ターリア様の後ろに控えている魔女が数人見えた。その中に、知っている顔がある。ガブリエラ様とミルドレッド様が、ターリア様の後ろに控えているのが見えた。

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