第287話 クロスステッチの魔女、噂される
翻るのは黒い裾。風が森を通り抜けると木々の噂話が聞こえてくるように、ここでは魔女達の噂話が聞こえてくる。
『ねぇ、聞いた?』
『どの話題かしら』
『《裁縫鋏》の残党狩りのこと? それとも新しい二等級魔女のこと?』
『ほら、あの子のことよ、ここで青い首飾りだなんて!』
『アルミラの秘蔵っ子、クロスステッチの四等級魔女!』
完全に私のことだった。他の噂の方が気になるのだけれど、年越しの夜会に四等級が招待されてることの方が話題になるらしい。
「クロスステッチの魔女、あんまり気を悪くしないでやって。夜会に呼ばれるメンバーの大半は固定だから、新しい顔が珍しいのさ」
カルメン様にそう言われて、私は少し首を横に振った。慣れてない場所でドキドキはしているし、注目されるとは思っていなかった。ひっそり参加してひっそり終われればよかったのに!
「もうすぐターリア様が来られるから、そうしたらそこでこういうおしゃべりも終わるよ」
「た、ターリア様……! 初めてお会いします」
年越しの夜会の主催者はターリア様と聞いていたけれど、まさか本当にいらっしゃるとは思わなかった。興奮して大きい声を出しそうになったのをなんとか抑えて、無礼のないようにできる立ち居振る舞いの教えを必死に思い出す。グレイシアお姉様もお師匠様もこの辺り厳しかったから、ちゃんと骨身に染みてる……はずだ。改めて考えたら自信なくなってきたけど。
「マスター、ターリア様とはどれくらいすごい魔女様なのですか?」
何度か名前は聞いたことありますけど、というルイスに対して、私はこの子達にターリア様の説明をしていない自分に気づいた。縁なんてずっとないと思っていたから。
「糸紡ぎの大魔女ターリア様は、この国……魔女を統べる御方よ。お裁縫の魔女達はみんな、彼女の庇護下にあるの。《外れ者》はお裁縫の魔法を使わないしターリア様から外れているけど、それでも彼女達もターリア様を無視はできない……そうですよね?」
後半は、お師匠様への確認になった。頷かれて、学んだことをちゃんと覚えていたと少し誇らしくなる。一等級よりも上、特級魔女と讃えられているのはターリア様だけ。《裁きの魔女》様達もターリア様の元にいる……というか、彼女達はその名前の元に結成された直属の配下だ。人間の王に対しても頭を垂れずともよい魔女達は人間の身分の外にある分、魔女の身分には縛られる。
「もう少ししたら、おいでになられるだろうさ。それまで、クラッカーでもお食べ。チーズ乗ってるよ」
「いただきます」
薦められたクラッカーを口にすると、これもまたおいしかった。少しだけ、噂や視線が気にならなくなった。
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