第279話 クロスステッチの魔女、着せ替え人形にされる
「さて、お仕立ての前に採寸からやろうか。服の上から測るから、こっちにおいで」
「わかりました、よろしくお願いします」
辺りをきょろきょろと見回して、まだ仕立て屋に慣れていないことを気づかれたのだろう。そう説明されて近づくと、巻き尺を手にしたクロエ様がにこにこと私に両手をあげるよう促してきた。言われた通りにすると、肩幅に始まって腕の太さ、お腹周りやお尻の大きさなどを測り始められた。少し恥ずかしいけれど、必要なことなので甘んじて受けることにする。クロエ様がそれぞれの数字を口にすると、おそらくあのローズマリーが書き取っているようだった。
「……よしよし。はい、楽にして大丈夫だよ。ところでコルセットは、経験あるかな?」
「いえさっぱり……人間だった頃は、コルセットなんて使うような家柄ではなかったもので」
うんうん、と相槌を打ちながら、クロエ様が手を叩く。お師匠様の魔法の衣装箪笥よりも遥かに大きな姿見付きの扉が、ひとりでに開いた。
「四等級魔女の第一礼装!」
彼女がそう言うと、三枚の大きな布と、一冊の帳面。それからいくつもの黒いレースが飛んできた。
「四等級が着られる布地は三種類あるのだけれど、ひとつずつ試してみる?」
「あっ、お師匠様が試させてくれました。夜花染めの魔絹は、色と肌触りが好きです」
その言葉を聞いているかのように、二枚は衣装箪笥に戻っていった。衣装箪笥のように見えていたけれど、もしかしたら違うものなのかもしれない。私の資材倉庫のようなものに近いのかも。
「それなら次は、どういう形がいいかだね。裾が長いのがいいとか、袖が長いのがいいとか、色々あるの」
帳面を渡されたのでめくってみると、そこには沢山の礼服の絵があった。カオナシお化けが着ているような形で描かれていて、四等級が選べるだけでも何種類かあるらしい。四、と右上に小さく書かれたものを見比べてみるだけで、楽しそうだった。
「クロエは腕のいい幻屋でもあるんだ。好きなように頼んで、試しに袖を通させてもらいなさい」
「わかりました、お師匠様。幻屋の方にお会いするのは初めてです」
確か、特に幻惑の魔法に長けた魔女を示す通称だったはずだ。私はふわっと広がった袖と、くるぶし丈の裾を指差して「試してみたいです」と言う。すると彼女は夜花染めの魔絹の中に魔法のある別の薄い布を合わせて、私に被せてきた。
次の瞬間、ただの絹布は礼服に早変わりする。実際に歩いてみると、布が足にまとわりつく感触まであった。これが、幻屋の魔法だと思うと嬉しくなった。
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