第280話 クロスステッチの魔女、自分のことを知る

「クロスステッチの魔女、あなた実は前々から噂になっているのよ」


「え」


 だから礼服はちゃんとしないとね、と言って、クロエ様は何種類かのスケッチを幻惑の魔法で実際の服の姿にさせた。私が噂になっている、と言われて、頭の中にいくつもの疑問がよぎる。


「年越しの夜会に四等級が招待されることは滅多にない、これがまずひとつ。それから元々、アルミラ様の秘蔵っ子だと言われてもいたの、知ってる?」


「いえまったく!?」


 採寸が終わった私達のところに、ローズマリーがお茶を淹れてきてくれていた。ありがたくいただくと、ローズマリーの髪の色のようにミルクがたっぷり入った色をしている。優しい味にほっと安心したような息が漏れたが、それはそれとしてとんでもない発言の衝撃は殺しきれない。


「どういうことですか秘蔵っ子って」


「そりゃあ、普通の魔女が長くても十年で終わる見習い期間を二十年やって、歴代最長記録の持ち主なのよ、あなたって」


 お師匠様はそんなこと、まったく教えてくれなかった!

 どうにもそそっかしいからダメだと言われ続け、実際に魔法を間違えたりしたからそういうものかと受け入れてきて、受験のお許しが出てやっと四等級魔女試験に合格したのが去年のこと。『四等級魔女試験に落ちたなんて魔女を出したら笑い物にされるから、確実に受かるようになってから』と言われてはいたけれど。ちなみに私の見た目が二十代で止まっているのは、早々に魔女として生きていくことを決めて《契約の一》を差し出したからだ。他に生きられる方法なんて思いつかなかったし、何より魅せられてしまった世界へ飛び込むのを引き止めてくれるような、家族も友達もいなかったから。


「これはどうにもそそっかしいだけさ。とはいえ注目されてるなら、尚更気は抜けないね、三角帽子に飾りもつけてやらなくっちゃ」


「お師匠様?」


 クロエ様とお師匠様があーでもない、こーでもないと服や帽子の話をしているけれど、元々こういうことに詳しくない私はあっという間に置いてきぼりにされた。止めようとした手は虚しく宙をかいていると、控えていたローズマリーがティーポットを差し出してにっこりと微笑む。


「おかわりはいかが?」


「お願いするわ」


 注いでくれている彼女の顔をじっと見てみるが、お師匠様が修復した、というのがどのあたりかはさっぱりわからなかった。右と左で少しだけ、目の色が違うくらい。直した箇所がわからなくなるほど、うまく直したのだろうか。


「マスター、僕もあっちに混ざってきていいですか?」


「えっ……うん?」


 などと考えていたらいつの間にか、ルイスまで私を着せ替え人形にする相談に混ざりに行ってしまった。どうしよう。

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