第278話 クロスステッチの魔女、魔女洋装店に来る

 魔法の扉を潜り抜けると、建物の前に立っていた。直接店や家の中に扉で入るのは、無作法だと言われたことを思い出した。そんなお師匠様は、私の家には直接来るのだけれど。年期の入った飴色の扉には、金色の文字で『ヴィアン魔女洋装店』と書かれている……と、思う。筆記体は気取っていて苦手だ。


「クロエー、来たわよー。アルミラが弟子を連れてきたわ」


 お師匠様がノッカーをカツカツと叩くと、中から牛乳をたっぷり入れた紅茶のような髪色の《ドール》が現れた。柔らかい蜂蜜色の瞳の淑女の姿をしていて、黒いドレスはたっぷりと布を重ねてスカートが膨らむようになっている。羽を刺した、小さなベリー色のトーク帽が首をかしげるのと同時に揺れていた。恐らく、クロエの《ドール》だろう。腰にはお師匠様がつけているような灰色の道具帯が巻かれていて、小さなハサミや巻き尺、糸巻きが小さなポケットごとにしまわれていた。


「あら、あら。アルミラ様と、お弟子のクロスステッチの四等級魔女様。第一礼服のお仕立てですわね。クロエの元に、ご案内いたします」


 当たり前のようについてきて私の腕に捕まっていたルイスが少しムッとしたように見えたのは、この《ドール》が自分の主を呼び捨てにしていたからだろうか。時折、そういう子がいた。ルイスは初めて会うかもしれない。宥めるようにぽんぽんと軽く叩いてやると、腕を掴む力が少し強くなった。アワユキは景色を見る方に忙しくて、気づいているかも怪しいけれど。


「クロエー、クロエ、お客様よー」


 ヒールのない靴でパタパタと走りながら先触れを告げる彼女の後に続いてお師匠様が歩き出したので、私もその後を追いかけた。玄関から入ると、様々な服の絵やそれを着た魔女の絵が何枚も壁に張られていた。


「まぁ、アルミラ様! お弟子さんも、ようこそヴィアン魔女洋装店へ。今、お茶を淹れようとしていたのよ」


 店主クロエは、ベリーのような赤い髪に菫色の目をした愛嬌のある顔立ちの魔女だった。微妙に色の違う黒い布をいくつも合わせたような独創的な服を着ていて、手首には針山。《ドール》と同じ道具帯に自分用の道具をいくつも入れていて、頭には紅茶色のトーク帽。どうやら、《ドール》とお互いの髪色の帽子を被っているようだった。


「やぁ、クロエ。あの子も順調そうでよかったね」


「そうですね、ローズマリーは前より少しぽやぽやするのが増えた気はするけれど……お紅茶の味は変わらないの。あなたのおかげよ、できることはなんでもするわ」


 どうやら、あの《ドール》はローズマリーと言うらしい。お師匠様が直したようだが、何があったのか気になってしまった。

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