第277話 クロスステッチの魔女、仕立て屋に連れていかれる

「ところでお師匠様、あの服が飛んだり跳ねたりしていたのは何の魔法なんですか? あれ全部、魔法がかかった服で?」


 イースの作ってくれたチーズトーストと焼き魚の昼食を食べてながらそう聞くと、お師匠様に「お馬鹿」と小突かれた。お師匠様の服には魔法がかかったものも少なくなかったけれど、どうやら今回は違うらしい。確かにあの時出てきた礼服達は、勝手に色が変わったり刺繍が動いたりはしなかった。たまにお師匠様の服には、そういうものがある。実用性のまったくない魔法であっても、美しいものなら魔女にとっては身につけるものだ。


「考えてごらん。服のひとつひとつにそんな魔法をかけてたら、着ているときも勝手に動いて迷惑だろうよ」


 言われてみたら確かにそうだった。もぐ、とパンを頬張りながら、考える。服を動かす魔法は確かに衣装箪笥から引っ張り出す時には楽しいけれど、着てる時に勝手に動かれたら困り物だ。であれば、付け外しのできるものだろう。私とお師匠様の魔法のことを考えると……。


「ハンガーに、魔法の刺繍のリボンがついてます?」


「正解。図案を教えてやるから、自分のハンガーにもつけておやり」


 お魚を上品に食べながら、お師匠様は「今日行くところはね、」と切り出した。仕立て屋なんて一度行ったことあるかないかなので、ドキドキしていた。人間だった頃は当然経験なんてないし、弟子入りしてすぐの頃は服は持ち込み。四等級魔女試験に受かったときに作ってもらった服が、今朝出してきて足りないと言われた服だったのだ。あの時は人生初の仕立て屋で緊張しすぎて、仕立て屋がどんな魔女だったかも覚えていない。


「ヴィアン魔女洋装店のクロエの元に行くよ。……誰って顔してるね。あの服を作ってくれたのはクロエだよ、今度は最上の礼服をお願いするように言ってある。まだ若いけど、腕のいい魔女でね。なんでも、魔女になる前から仕立て屋だったそうだから」


「あ、なんか聞いた覚えがある名前」


 エレンベルクの都に店を構えている、庶民向けの仕立て屋だったはずだ。一度立ち寄ったときは、結婚式に一世一代の仕立てを頼む者や直しを頼む者が多く来る、人間に根付いて愛された店だった。


「都にある方の店の、店主の何代か前の先祖らしいね。元の名字を公表する珍しい例だけれど、クロエの場合はきちんとしているから」


 確かに魔女の氏とくれば、一門と師の名前になる。人間だった頃の名字や身分に拘るようでは魔女の心構えとして美しくない、と言われるから、元の名字を公表してかつ受け入れられているのは珍しかった。

 食べ終えたお師匠様が立ち上がり、《扉》を開ける。今度は自分から、その先へと足を踏み入れた。

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