第269話 クロスステッチの魔女、自国に帰り着く
箒を進めていくにつれて、肌にあたる風は魔女の鈍い肌にもひんやりとして感じられるようになった。秋が深まるのと、冬に雪が降る地域に入ったのと、両方だろう。
「あっ」
「どうしたんですか? マスター」
私は低空をゆっくり飛ばしていた箒を一旦止めて、川辺に群れて咲いていた花の一輪を摘んだ。秋川姫の花、と呼んでいた、かわいい赤い花を咲かせる草。沢山集めると、素敵な赤い色に染める染料になる。一度に同じところから沢山採ると姫の怒りを買うと伝えられてるから、ひとまず、一輪だけ。
「秋川姫の花だわ。これが咲いてるってことは、そろそろエレンベルクに戻ってきたみたい」
あまり他の国では見ない、と、習った記憶を思い出した。多分、この辺りはエレンベルクだ。町まで行けばわかるだろうけど、なんとなく箒を飛ばしていた途中で通りかかったら聞いてみよう。
「じゃあマスター、おうちはもうすぐですか?」
「おうちおうちー!」
「待ってね、魔法で道を確認しないと……ふらふら気ままに飛んで来ちゃったから、家がどこでどれくらい離れてるか、わからないわ」
エレンベルクは魔女の膝元にあると言われていて、結構大きい。他国と大きさを比べたことなんてあんまりないから、そう聞いている、程度のものだけれど。
私は《探し》の魔法に自分の家を探すよう刺繍を刺して、ふっと魔力を吹き込んだ。出来上がったのはリボンの鳥なので、あまり近くはないらしい。
「おうちに帰る方向は、この子が示してくれるわ。この子についていって、帰りましょうか」
私の箒から魔法だけ飛んでいってしまわないように、リボンで箒と鳥を結びつけた。鳥に箒を引っ張っていくほどの力はないし、夜になったら魔法を使い切る前にリボンに戻してしまえばいい。
「マスター、おうちに帰ったら何をしますか?」
「まずはしばらく開けちゃったから、お掃除ね。窓もドアも全部開けて、風に通り抜けてもらって、籠った臭いをぜーんぶ追い出してもらうの。それから薪を足して、干し肉の用意もしないと。魔法の保存は長持ちするけど、こないだ思ったの。干し肉にした上で魔法で保存したら、きっと最強よ」
やらなくてはならないことは沢山あるし、やりたいことも沢山あった。作りたい魔法、やりたい研究、調べたいものも沢山ある。
「今年の冬はきっと、私、忙しくなるわ。二人にも色々手伝ってもらうけれど、その時はよろしくね?」
「もちろんです、マスター!」
「はーい!」
そんな話をしながら、木の実や薪をちまちまと拾い集めたりもしつつ数日かけて。
私達は、家に帰ってきた。
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