第260話 クロスステッチの魔女、と《ドール》喰いの魔物

 ルイスの目も塞いでおくべきだった、とほぞを噛んでも遅かった。明らかに怯えた様子を見せるルイスを抱き抱えて、私はその魔物を見つめる。アワユキの方は感覚が違うのは、不思議そうにその魔物を見ているだけだった。少しホッとした。

 全体の色は黒。カタチは定かではなく、うねうねと蠢いては草木を貪っている。けれど、一番好んで食べるのは別のものだ。絹糸の髪や、小さな指や、陶器の肌が見えるのは、ソイツが喰ったからだ。《ドール》喰いの魔物・ニトゥグレニフト。魔女組合において「見つけ次第すぐに滅ぼせ」と言われている、悍ましい魔物だ。前に討伐されたと聞いたのだけれど、また新しく生まれてしまったらしい。きっとあの時拾ったような、不法投棄の個体の味を覚えて変異してしまったのだ。あの頭が無事で、本当によかった。

 私は水晶の波を近くの魔女組合に飛ばしながら、水晶自体には《沈黙》の魔法をかける。今、《魔物除け》が破れてしまえば、間違いなくルイスが襲われる。元々はなんでも食べるスライムの一種が、捨てられた《ドール》や破片を食って味を覚え、積極的に襲い始めたものを指してこう呼ばれていた。私一人で手に負えるものめはないから、他の魔女を呼ばなくては。


『……? ………、……!』


 よかった、ちゃんと魔法が効いている。水晶の向こうに困惑した顔の魔女が映っているのを確認したところで、私は自分の《魔物除け》のお守りを水晶に見せた。これで、あちらには声を出さない事情が通じたはずだ。今度は水晶を、ニトゥグレニフトへ向けてその姿を見せる。おそらく好物である《ドール》……ルイスを感知して、食べにきたのだろう。それで近くまで来ても見つけられないと、あたりをウロウロとしている。街に向かう様子はないが、私達が下手な移動をすれば襲ってくるのは確実だ。しかも移動先についてくる可能性も高い。


『………!!』


 あちらの魔女はニトゥグレニフトの脅威を視認したようで、いくつか手を動かして「そこで、待て」の仕草をしてきた。頷くと、別の魔女が水晶に映り込む。唇が動いて何かを言ったようだけれど、生憎と私に唇を読む技能はなかった。何度か大きく口を動かしてもらったのを、声を出さないように復唱して、『場所は』と問われているのに気づく。今度はもらってきた地図をなんとか見せてみると、頷いてもらえた。それに、水晶そのものに魔法がかけられた気配がある。少し前にも感じたようなソレにもしや、と思って水晶を地面に置くと、その上にゆらゆらと水面のような光がゆらめき出した。

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