第258話 クロスステッチの魔女、帰り道を辿る

 その日は妙な夢を見た……気がした。朝起きると、どんな夢を見たのかはさっぱり覚えていなかった。ただ、もう輪郭のない悲しみの名残だけがあって、それを紛らわせるためにルイスとアワユキをぎゅっと抱きしめる。いつの間にか、暑さはかなり和らいでいた。少し葉が赤くなってさえいる。気まぐれに始めた旅から、それなりの時間が経っていた。


「おはようございます、マスター」


「おはよー」


「ええ、おはよう二人とも。朝ごはんを食べたら、そろそろ帰ることにするわ。道は変えるけどね」


 私が突然そう言うと、二人は頷く。帰り道は少し急ぎ目で、前と違う森や町を通り抜けて行こうと決めていた。


「去年の薪が思ったより余ったから、薪は沢山作らなくていいんだけどね。三人で暮らす分、食べ物は用意しないといけないもの」


 去年はメルチを拾ったっけ、と思い出す。魔女になろうと彼女が戻ってくることはなく、それは今の彼女が幸せであるという意味だった。いいことだ。魔女にならずとも幸せになれるなら、その方がいい。


「アワユキ、お手伝いしたいー」


「そう? じゃあ帰りの道々で、木の実を見つけたら拾ってくれるかしら。ただし、取っていいのは、三つのうちの一つだけよ」


 人間だった頃、冬備えのために栗や木の実を拾っていた頃の古歌を思い出した。


『木の実が三つあったとさ。一つ、拾えやムラのため。一つ、置いてけ魔女のもの。一つ、残せや明日の木だ』


 短い歌を歌って、改めて拾っていいのは三つのうちの一つだと教える。私はこの辺りの魔女ではないし、食べ物自体はエレンベルクでも買える。だから、拾いすぎでこちらに禍根を残したくはなかった。普段の魔法素材なら、冬備えの食べ物ほど切羽詰まった争いにならないから採ってしまうけれど……食べ物は別だ。最悪、命に関わってきてしまう。


「マスター、僕もお手伝いします」


 そう言ったルイスにも少し手伝ってもらいながら、帰り道をいった。警告機能付きの地図の危ない点には大回りして近づかず、それゆえに道筋はうねうねと蛇行したものだったけれど。秋から冬にかけては、魔物も増える。しかも、凶暴化もしやすい。人も獣も冬に向けて備えるようになれば、時として相争う結果にもなる。それらの刺々しい感情を吸い取るようにして、あるいは魔物も冬備えをするためか、冬にかけては普段より凶暴な魔物が出るのであった。


「……これは、まずいかも」


 そんな帰り道を始めて数日。広げた地図には、明らかにこちらに向かって移動してくるバツ印があった。

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