第257話 クロスステッチの魔女、名を呼ぶ
私はその日も、遺跡を出てから日が低くなるまで適当に飛び回っていた。ルイスが起きたのは、火を焚いてお夕飯にしようとしていた時だ。
「ん……」
「おはよう、ルイス。もう夜だけれど」
「ここは……? 僕は、母上と姉上に……あれ?」
記憶が混濁しているのか、そんなことを漏らしたルイスにひやりと冷たいものを押し当てられたような心地になる。怖かった。ルイスの、多分、生前の……人間だった頃の記憶。あちらに心を持っていかれてしまったら、私の知っているルイスではなくなってしまう。症状そのものはすぐに心当たりがあった。でも、ルイスは
「ルイス、ルイス」
「ルイス兄様ー?」
私とアワユキで何度か声をかけると、ルイスはしばらくぼんやりとしていた。元の記憶に伴う物思い自体は、《ドール》に時折あることだってお師匠様が前に言っていたことをすぐに思い出せてよかった。こういう時は名前でぱっと意識が戻るのが定番だと聞いた気がするのだけれど、よっぽど深く考え込んでいるらしい。ルイスはまだ、ぼんやりとしていた。
「戻っておいで、ルイス。私のルイス。クロスステッチの四等級魔女の《ドール》、私のかわいい騎士さん」
少し気恥ずかしかったけれど、何度か声をかけているとやっと目の焦点が合った。
「……マスター? そんな不安そうな顔をされて、どうされたんです?」
「ああ、よかった!」
私は思わずルイスをぎゅっと抱きしめてしまった。よかった、元のルイスだ。ひどく安心する。
「私のことわかる? アワユキのことは? ここどこかもわかる?」
「は、はい……マスターは僕のマスターで、アワユキは僕の妹分で、今はマスターと旅をしている途中です……遺跡は出てしまわれたのですか?」
そうよ、と言って、私は今日はルイスを抱きしめて寝ることにした。夜になると昼より少しひんやりとするので、革袋に温かいお茶を作ってルイスにもアワユキにも出してあげる。もちろん、私も飲んだ。花の香りのするお茶、少し高かったけど買ってよかった。
「そうよ、ルイスはすやすや眠っていたし、あの後は本当にただの町の廃墟みたいなものだったからね。あの隠されていた言付けは不思議だったんだけど、もし危なくなったら、ルイスが守ってくれる?」
「はい、もちろんです!」
頼もしいルイスの返事を聞いて、私はほっとした。
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