第256話 クロスステッチの魔女、遺跡を出る

「……さて、ここの全貌はこんなもんさ。基本的には普通の町の残骸で、若い子にはちと退屈だったかね?」


「いえ、とても面白かったです!」


 ダイアライアの町を一周し終えると、門の前でアーティカ様はいたずらっぽく笑った。瞳がきらきらしているように見えるのは、それだけルイスが見つけたものが彼女には興味深いものだったからなのだろうか。当人は私の腕の中で眠っていて、アワユキはリボンのリードに引っ張られながらついてきていた。


「何かわかったら、そちらに連絡するよ。普段はどこの魔女組合の子? それとも、直接水晶に連絡した方がいいかい?」


「普段はエレンベルクにいます」


「じゃあ、何かあったらそっちに言伝よう」


 直接連絡を取るための水晶の波を聞かれなかったけれど、それについてこちらから波を開示したり連絡先を聞くつもりはなかった。魔女の中には何度か会って、付き合いが深くなってから連絡先を聞く人も、珍しい話ではない。


「それにしても、悲劇の魔女か……《裁縫鋏》の過激な女達の首魁は、確かに不明のままだ。あんたみたいな若い子は知らないか」


「危ない人達だから近づくな、とだけ」


 ふむふむ、と少し考える仕草をした後、「用心するんだよ」とだけ言われた。


「落ち着いて考えると……あれだけ念入りに隠されていたものを、知ってしまったんだ。何か、大変なことに巻き込まれてしまう可能性もある」


「厄介ごとには、慣れてます」


 大小さまざまな厄介ごとが、魔女になってから降り注いできた。山の中のキーラの暮らしでは、知りようのなかったものばかりだ。それを私は、基本的には口で何だかんだ言いつつ、楽しむようにしている。二本の足では行けなかった世界に箒で飛び出した証、として。……それにしても、よく巻き込まれる星回りだとは言われたけれど。


「もし《裁縫鋏》の女達に声をかけられたら、すぐに逃げるんだよ。それで自分の作品を……あんたの場合は《ドール》逹かな。その子達を見るんだ。それを綺麗だと思った、魔法を仕込んだ時の自分を忘れないこと。それが一番の対策だ」


 そう言ったところで、綺麗な手のひらほどの大きさの布を渡された。布、と言ったが、厳密には敷物だ。しっかりと密度の濃い織物で、針が通りそうにない。


「礼と詫びに、それをあげる。《砂嵐》の魔法を織ってあるから、本当に厄介ごとから逃げたい時の目眩しに使うんだよ」


「!! ありがとうございます!」


 私は丁寧に一礼してから、彼女と遺跡を出る。再度魔法で扉を封印する様子を見ながら、これを使う日がない方がいいな、と思っていた。

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