第242話 クロスステッチの魔女、異国のお風呂に行く

 荷解きをしたり、窓の外の人達を眺めていれば、あっという間に日が暮れた。その間に下はガヤガヤと騒がしくなってきていて、そろそろお風呂に行きたいと考えた私は出かけることにした。


「ルイスとアワユキはお留守番しててね、さすがに連れて入ってびしょ濡れになったら大変だもの」


 その言葉に、二人ともついていく気満々だったのか不満そうな声を漏らす。ルイスは普段の薬液でもないお湯が関節の隙間から入ってしまえばよくない結果を起こす可能性があったし、アワユキの毛皮と綿にもいいものではない。


「普段私が水浴びしたりする時みたいに、近くの乾いた場所で待ってる……ってできない可能性もあるのよ?」


「むう」


「見てみたかったー」


 普段とは勝手が違うと話すと、渋々納得してくれたようだった。二人で遊んで待ってると言ってくれたので、早めに戻るね、と言って下に降りる。


「お風呂に入りたいのだけれど、言ってた公衆浴場はもう開いてそう?」


「ええ、開いてるかと。私はお夕食の支度がありますから、上の娘に案内させますよ」


 あの小さな呼び込みさんを十五程度まで大きくしたような少女が、母親から話を聞いていたらしく一礼した。


「行きましょう、魔女様。……西から来られたのなら、きっとびっくりします」


 とっておきのいたずらを仕込んであるかのような顔で言われてしまえば、楽しみにもなるというものだった。アイシャと名乗った少女と共に、公衆浴場に向かう。


「ところで、必要なものってある?」


「あー……もし持っておられるなら、腰に巻ける布一枚。それから銅貨を少しですね。多少はお金がかかるので」


 言われたものを用意して、案内されたのは噂の丸い屋根の建物だった。細かなタイルで草花の模様が描かれていて、それが夕日に照らされて美しい。受付の人に銅貨を払って、小さい予備の財布を預ける。他にも何かを言いかけたようだったが、結局何も言われなかった。


「普通は身につけてる飾りを全部外すんです。でも、魔女様のそれは取れないでしょう?」


 アイシャの言葉に頷いて、私達は女の脱衣室へと入っていった。


「わぁ……!」


 ただでさえ暑いと感じていたのが、さらに暑くなる。しかも、大雨の後のようにジトジトとしていて、魔女の鈍った体でも汗が出た。草か蔓を編んだと思われるカゴと椅子がいくつもあって、腰に布を巻いているか全裸の女が浴場のある別の部屋への石扉をくぐったり、あるいは椅子に座って話をしたりしている。


「果実水、キンキンに冷えた果実水! 甘い水はこっち、林檎にプラムに薔薇水もあるよー」


 おしゃべりに混じって聞こえる水売りの声に、なるほどこれは銅貨を持ってくるよう言われるわけだと納得した。

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