第241話 クロスステッチの魔女、宿屋を決める
お魚やナッツ、香辛料の一部を買って、その日は町で泊まることにした。このフェルレルンの町は大きな街道に沿っているわけではないものの、近くに魔女組合があるから旅の魔女は多いらしい。小ぢんまりとした宿屋の前で、八歳ほどの子供に声をかけられた。
「魔女さま、お泊まりにうちはどーですか?」
「あら、これはかわいらしい呼び込みさんだこと。朝ごはんはついてくるのかしら?」
茶色い髪と瞳に、少し西で見るより色が濃い肌をしている子供だった。「おかーさんの朝ごはん、おいしいよ!」と一生懸命説明している姿についほっこりしてしまって、今夜の宿をここにするつもりで小さな手に引かれて中に入った。
「マスターって、僕とかアワユキとか、小さいのに弱いところがありますよね」
「なんかこう、つい、ねぇ……」
「おひとよしー!」
二人にそんなことを言われつつ宿屋に入ると、人の良さそうな夫妻が「まぁ、お客様!」「ライラ、まだ呼び込みの手伝いは早いって言ったろう!」と口々に言いながら、私達を迎えてくれた。
「すみません魔女様、この子はまだ小さいから呼び込みはさせていないつもりだったんですが……買い出しに出てる上の子達の真似をしたい年頃でして。料金の話とか、できてないですよね……」
「ふふ、おいしい朝ごはんがついてくることしか聞けてないわね」
すみません、と頭を下げた主人が説明してくれた料金は、夕食と朝食をつけても懐が痛まない程度のものだった。喜んで頷き、部屋に案内してもらう。奥方は「お夕食まで時間ができてしまいますが……」とどこか申し訳なさそうな顔で言いながら部屋を教えてくれたので、「別に大丈夫ですよ」と笑って答えておいた。
「ところで、近くに浴場か何か……汗を流せる場所はあるかしら?」
「それなら、公衆浴場が街の中にあります。ですが、あそこが開くのは日暮れからなので、やっぱりまだもう少し後ですね」
彼女は窓から身を乗り出し、「あれです」と丸い屋根の建物を指差して教えてくれた。お礼を言うと、「お夕食のご希望はありますか?」と聞かれた。
「お昼に、魔女組合のところで『ユーリッツとポルレの煮物』をいただいたのがおいしかったの。夜はこの辺りの肉料理を食べてみたいんだけど、できる?」
「それなら、羊を焼いて出しますね。魔女様のような旅の方から、よく好評いただいてるんです」
「市場の香辛料が本当に安くて驚いたわ。あれだけ手軽に買えたら、料理のしがいがありそう」
羊は久しぶりに食べるかもしれない。お風呂に夕食に、楽しみが待っているのは心が踊った。
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