第240話 クロスステッチの魔女、結局荷物が増える
「おいしいわね、これ」
「おいしいです!」
「アワユキにはかりゃーい……」
人に聞いてみるとユーリッツは魚、ポルレはナッツのことのようだった。川で採れる白身魚で、焼くよりも煮るとおいしいのだという。深緑色の身体に、黄色いひれと模様が特徴だと教えてくれた。普段はなんとなくそこまで魚を食べないのだけれど、これはおいしかったから、買ったりしてもいいかもしれない。釣ってもいい。ポルレはナッツの一種で、やはりこの辺りで採れるものなのだという話だった。
「他の国ではあまりないという話みたいだけれど、この国では一番採れるから一番安いんです」
「こんな風に香辛料が沢山入ってる料理なんて、私にはとても贅沢に感じます」
「うちの国ではよく手に入るものばっかり入れてますからね。その代わり、こちらでは西ほどお野菜はできづらかったりしますよ」
そんな話をしながら、辛さが苦手だったアワユキには口直しに砂糖菓子を作ってやる。ルイスの方は平気なようで、私が取り分けた分をおいしそうに食べていた。
伸びパンで汁までぬぐっておいしく食べ終えた後、私は素直に「おいしかったあ」と口に出していた。お皿を下げに来た魔女に「それはよかった」と微笑まれて、少し恥ずかしい。
「あなたはどこの一門の子?」
「私は刺繍の一門、クロスステッチの魔女です」
じゃあ、と彼女が一枚の刺繍布を私の手に渡してくれた。パンを作るための魔法の刺繍に似ているが、少し違う。これって、と呟くと、彼女は「《伸びパン作り》よ」と言った。
「私のはまた刺せばいいから、あげる。せっかくの旅の魔女なんですもの」
「ありがとうございます……!」
「あと、この料理に使ってるものが買いたいなら、組合を出てまっすぐ行ったところにある人間の街で買えるわよ。よかったら、楽しんでいって頂戴」
「親切な御方でよかったですね、マスター。僕も食べたいです」
そう言ったルイスの横で、アワユキは「えー」と言っていた。アワユキには何か甘いものか、そこまで辛くないものを用意しよう、と思いながら、お金を払って組合を出る。
「いらっしゃい……おや、その服装は魔女様ですね? うちで魚をお買いで?」
「さっき組合で食べさせてもらった、ユーリッツとポルレの煮物がおいしかったの。ユーリッツくださいな」
「あいよ!」
新鮮そうな魚を売ってもらって、魔法で冷やすように保存してカバンに入れる。今夜、自分なりに料理してみてもいいかもしれない。
「マスター、荷物減らしに来たはずなのに、結局増えちゃいましたね」
「……あ」
言われて気付いた。
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