第243話 クロスステッチの魔女、異文化の水を満喫する

「薔薇水っておいしいの?」


「おいしいですよ! よそではあまり飲まないみたいですけど、私はお風呂の時に時々飲みます。ちょっと高いので、たまにですけど……」


「あ。そういえば、支払いはいつするの?」


 私がそうアイシャに聞いていると、水売りが答えを教えてくれた。水売りは台に埋め込まれた何種類かの甕の中に水を入れて売っていて、覗き込んでみると薔薇の蕾が入っているもの、果実が浮いているもの、甘い匂いがするもの、どれも何らかの味がついているようだった。こんなもの、エレンベルクでは見たことない。


「ウチで買っていただく時は、お代をいただきません。みんな、お財布は受付で預けていますからね。買っていただいた後に、この草編みの腕輪を渡します。これを受付に持っていって、お代をそこで払っていただく形になりますね」


「へえ~!」


「公衆浴場の水売りは昔からあるので、支払いの手段とかも色々あるんです」


 誇らしげなアイシャに「すごいわねぇ」と言いながら、私はお勧めだという薔薇水を買うことにした。確かに他の果実水は銅貨二枚から三枚で買えるのに、薔薇水は銅貨五枚だと木札の丸の数で表されている。けれど、薔薇を浸した水を飲むだなんて話は初めて聞いたので、好奇心がうずいた。


「うちの薔薇水は国一番! ここで飲んでからお風呂を楽しむといいよ」


 水売りの女は素焼きの杯をひとつ取り出すと、薔薇の蕾が浮いている甕の中に杯を沈めてなみなみと淹れてくれる。彼女から受け取った杯は、魔力もないのにひんやりとしていた。なんらかの仕組みがあるようだけれど、パッと見た範囲ではわからない。杯と一緒に草編みの腕輪を一本、手首に通されて締められた。茶色い中に五本、赤く染められた草が編み込まれている。これが、お代の代わりのようだ。薔薇水はとにかくおいしそうで、その場で早速飲んでみることにした。隣ではアイシャが、林檎の沈んでいた果実水をもらって三本線の腕輪をつけられている。


「わあ、おいしい……!」


 ほんのりと、砂糖か何かが入っているらしい。ひんやりとした水そのものが、暑い中ではありがたかった。口の中にほんのりと薔薇の香りが広がって、食べたことなんてないけど、きっとこれが薔薇の味なのだろうという甘味のある味もした。気づいたら、あっという間に杯が空になってしまう。


「ねえ、水売りさん。あなた今日はずっといる?」


「ええ、もちろん!」


「……アイシャ、お風呂の後でもう一杯飲んでいいかしら」


 アイシャも頷いてくれて、まだお風呂の本番に行っていないのにもう楽しかった。

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