第227話 中古《ドール》、同族と自分のことを考える

 マスターが僕を手入れしてくれるというので、目を閉じる。すべてのパーツをバラバラにして、丸ごと洗うとの話だった。僕の体は先代のマスターがつけたタトゥーやら、僕自身のやらかしでつけられたタトゥーやらで賑やかで、アワユキよりも何度も何度も砂糖菓子をつまみたくなる理由はおそらくそれだった。僕自身の陶磁器の肌に刻まれた魔法が魔力を求めていて、僕自身を動かすための魔力に加えて魔法が僕を食い尽くさないようにする必要がある。そのための砂糖菓子だった。


(あの子は……)


考えるのは、あの頭パーツだけ転がっていた《ドール》のこと。マスターのこと。アワユキのこと。今日は何故か、完全には意識が落ちていなかった。パーツをすべてバラバラにされて、糸も外されてしまえば、当然僕の自由になる部分はひとつもない。その感覚は、かつて意識は中途半端に眠りと覚醒の合間を漂っていたのに頭がはっきりしている時でも体が動かせなかった、あの店の頃の感覚に少し似ていた。あれは名前を消されていたから、仮に魔法糸がちゃんとしていたとしても体は動かせなかっただろう……とは、いつかにマスターのお師匠様が仰っていたことでもある。名前がない《ドール》はものを考えられないから、少しだけでも店のことやマスターとの出会いを覚えてる僕が、すごいんだとも言われた。

 でも、パーツが薬液に漬けられ、細かい傷を治されていくのは心地が良かった。僕を少しずつ削られていく当時の恐怖感はなく、ぽかぽかと暖かい陽射しの中でお昼寝をしているような気持ちよさがある。僕の意識も眠りについて、マスターが僕を起こす声を待つべきだろう。

 切れ切れの、まどろみ。頭だけのあの子に、せめてこういった静かな眠りがあってほしい。あわよくば、僕の新しい妹か弟にしたい。マスターは、お人好しで優しいから。新品のまっさらな子でなくても、きっと確実にかわいがってくれるから。あの子が新しい魔女に受け入れられるかヤキモキするより、ずっと信頼できた。だって、こんな僕を買って、あれこれと買い足して、掟破りの個体と知っても愛してくれた、マスターだから。


(マスター……)


 本人は気づいていないようだけれど、最近は浮かない顔を見せているマスター。二人目のクロスステッチの魔女、という言葉について、お二人に聞けない優しいお方。僕を買って、アワユキを作って、捨てられていた子も気にかけるほどに柔らかい方。


(あ)


 そんな人を望んでいたと言う誰かの声。僕の声。寒い寒い冬に閉ざされた中で、ひだまりのように暖かい誰かを求めていて。

 一瞬の痛みは安堵の温もりに溶けて、今度こそ僕の意識は眠りについた。

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