11章 クロスステッチの魔女とばらばらの《ドール》

第217話 中古《ドール》、思わぬ拾い物をする

 僕がそれを見つけたのは、偶然だった。……と、思う。マスターと離れ、アワユキと二人で採取のお手伝いをしていた時のことだ。その名前も知らない草原を歩いていたとき、ふと、何かが僕の耳に引っ掛かった。

 呼ばれた、ような。助けを求められた、ような。本当に微かなものだったけれど、空耳と言うにはあまりにも、僕の心にはっきりと傷を残している声なき声。


「アワユキ、今の聞いた?」


「なぁにー? 知らなーい!」


 アワユキは嘘をつくような子ではないから、本当に知らないのだろう。僕は「誰かの声が聞こえた気がしたんだ、困ってる子がいたら教えてくれる?」とアワユキに言ったけれど、見つけるとしたら僕のような気がした。

 マスターが喜びそうな草を刈り、小石を拾っては、カバンに入れていく。それを何度か繰り返していると、アワユキはくるくる回りながら「この辺りは魔法の匂いがすごいのー」と言い出した。


「それってどういうことなの?」


「誰か魔女が、魔法をかけた痕なの! 匂いを消そうとしてたみたいだけど、アワユキにはお見通しなのだー!」


 精霊がぬいぐるみに宿った存在であるアワユキは、そういうのを感じ取るのが得意らしい。僕が聞いたあの声も、きっとその魔法に関わっている気がした。


「じゃあ、それを探してみようよ。二人でマスターを驚かせよう?」


「さんせーい!」


 というわけで、草の実や色のついた小石ではなく、魔法の痕跡を探し始めてしばらくのこと。それらしいものはないかな、とうろうろしていた僕は、視界の確保も兼ねて時折草を刈っていた。


(みつ、けて……)


 また、あの声なき声。それに気を取られて、小石に躓いて転んだ拍子に、僕用の鋏が何かに刺さった感触がする。


「あ」


 それは草を編んで、布のようにしたものだった。時折色の違う草を編み込んで、何かの模様を描いている。その下から微かに、見覚えのあるものが見えた気がして僕は恐る恐る草をめくった。あの呼び声は、ここからだと直感したから。


「う、わ」


 見覚えがあって、当然のものが。土の上で、虚ろな空の瞳を晒している。微かな魔力の感触。在るべき魂の鼓動は見つけられず、真っ白な陶器の地肌にはヒビが入っていた。《ドール》の、僕より少し小さめの頭が隠すように捨てられていた。年の頃も、性別もわからない。ヘッドパーツだけが、髪も瞳も取り去られた虚しく痛々しい姿を晒している。《魔女の夜市》で見た、自分を好みに仕立ててくれる魔女の来訪を待って希望に包まれた様子はない。ここにあるのは、棄てられたことへの悲しみと、無為に朽ち果てることへの恐れだった。……かつての僕と、きっと同じの。


「待っててください、僕のマスターを呼んできてあげます」


 見えない涙を拭うように触れてから、服の魔法で空を飛ぶ。マスターに、僕を助けてくれたようにあの子を助けてほしいと懇願するために。

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