第180話 クロスステッチの魔女、整理が終わらない

 魔法に使う素材というのは、色々なものがある。草花に輝石、鳥に虫、水、人間にとって価値のあるものからないものまで。鮮度が必要なものであれば、《庭》で育てることもある。けれど私の《庭》はそこまで広くないから、採取して保存してそれっきり、というものも結構あった。


「多分、後で分類しようと思ってとりあえずしまい込んだんだと思うんだけど……」


 お目当てではない採取品なんかは、後でラベルをつけてしまいこめばいい、と思ってしまってこうなった……らしい。《ドール》達に中身を直接触らないよう言いつけて、ついでに紅茶も持ってきてもらった。外で飲む一杯はおいしいけれど、人はこれを現実逃避と言う。


「マスター、僕たちはどうしたらいいですか?」


「ラベルがついてるものは、この紙に名前と数を書いて大まかに分類して欲しいかな。ルイスが書く担当、イヴェットとアワユキは分類担当、とかで」


「どう分類しますか?」


「とりあえず、『植物』『石』『動物』『それ以外』で」


 家の外の地面に簡単に枝で線を引いて指示を出すと、いいお返事を返した三人は作業に取り掛かってくれた。私が向き合うべきは、手のひらに乗る大きさの布包みで作られた小山だけになる。……これからはサボらないで、ちゃんと記録付けをやろう。ラベルが落ちてしまっただけかもしれないけれど、そもそもつけることを忘れてるものも絶対混じっている。


「そういえば、こうやってお師匠様に文字の必要性を叩き込まれた気がする……」


 何せ、自分の名前以外の読み書きができなくても全く困らない暮らしをしてきていたのだ。当時の私は覚える意欲もあまり高くなくて、どうして魔女達は文字の読み書きがそんなに必要なのだろうと本気で首を捻っていた。そんな私の採取品を、お師匠様は簡単な《遮断保存》の魔法の刺繍をした布にそれぞれ包んで保管していた。そしてラベルも何もしてなかったために、開けないと何が何だかさっぱりわからなくなってしまい……それで文字の必要性を学んだ記憶。それでも生まれてからの習慣を完全には変えきれていなかった証が、この無記名の包みの山だ。

 ひとつひとつ、包みを解いて確かめる。すべて《遮断保存》の魔法で保管された布包みで、中身は包んだ時のまま保管されていた。


「この緑色に、少しキラキラした断面は……確か、天河石ね。どこで拾ったんだっけ? とりあえず名前を書いて……こっちは雫型の赤い種だから、焔雫草の種。これは……種なのか石なのか……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、今度こそ忘れないように包み直したものへ、名前を書いたラベルをつけていく。


「マスター、名前書いてないのが出てきました」


「ありがとうルイス、その山に置いておいてくれる? で、こっちは仲間のところに分類してやってほしいの」


「わかりました、マスター」


 私の担当する無記名の山が増えたり減ったりしながら、その日の午後は穏やかに過ぎていった。

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