第176話 クロスステッチの魔女、コスモオーラの《ドール》と帰る

「……グレイシアお姉様、そろそろお暇したいんですが……夜も近づいてますし」


 窓から射しこむ光がオレンジ色になってきた辺りでそう言うと、「そうねえ」と言ったお姉様が少し考えた後、「安全のためにこっちで帰って」と丸められた布を出してきた。


「《扉》、私も使えるようになったらいいんですけれど」


「魔力も結構いるし、修行がかなり必要よ。それに、飛ぶの好きでしょう?」


「好きです」


 緻密な魔力のあるリボンで作られた、明け方の空のような色合いの美しい扉の刺繍。それが、グレイシアお姉様の《虚繋ぎの扉》だ。私も作ってみたいけれど、濃厚な魔力とその魔法の編み方とを思うと、やっぱり私ができるようになるまでは数十年……数百年の修行が必要そうに思える。


「ルイス、あげた剣でしっかり自分の主君を護るんですよ」


「はい、ルーク先生。僕、頑張ります」


 そうやって握手を交わす二人の《ドール》の様子は、見ていて大変に絵になると思う。《ドール》用の甲冑……か、せめてもう少し本格的な防具を買ってあげたいものだ。こっそりとグレイシアお姉様に聞いてみると、「じゃあこれを使って」と図案と作り方の紙を渡された。作れということらしい。ドキドキして中を見てみたものの、幸い、なんとなくどう手と針を動かせばできるかを想像するのが容易いものだった。お姉様が渡してくれる魔法の課題は、易しいものが多い。だから確実に作れるし、それは私の自信にもなるのだ。


「次にお会いする時までに、これを作って着せておいてあげたいです」


「それって三日後よ? まあ、やる気についてはその域よ。革だって自分で鞣せるでしょう? 私はああいうの苦手なのよねえ」


「私はその分、礼儀作法とかダメなんですけれどね……」


 魔女になれば元の身分の楔からは解き放たれ、別の存在になる。けれど、それまで人間として生きて来た生き方の差、身分の差は名残程度であっても残るのだ。グレイシアお姉様は、革を鞣すのがどうにも上手にできないと前に言っていた。私がお師匠様の剥いできた魔物の革を処理しているのを見て、「よくできるわねえ」と言っていたのが初対面のやり取りだったっけ。


「教えられることがあって、本当に良かった。何かと変なモノばかり拾ってくる星回りのあなたにイヴェットを預けるのも、本当はちょっと怖いけど……まあ、あの事は付き合いも長いし、イヴェットにもいい勉強になるでしょう」


 コツッコツコツ、とドアをノックするように、お姉様がリズムをつけて刺繍で作ったドアを三回叩く。


「私の妹弟子、クロスステッチの四等級魔女の家」


 刺繍でできた枠の向こうに、慣れた私の家が見える。腕にルイス、アワユキ、イヴェットの三人と荷物を抱え、その向こうへ足を踏み入れながら「また三日後に!」と言うと、お姉様も笑って見送ってくれた。

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