第173話 クロスステッチの魔女、注意事項を聞く

「主君、例の《雲》の気配も探知可能範囲から消えました。消されたのか、単に風の流れなどで去ったのかはわかりません」


 一応続行されていた玄関ホールでの見張りから、ルークが戻って来た。


「警戒体制は緩めて、でも念の為に用心はしておいて」


「承知いたしました」


 迷いなく《ドール》へ指示を出せる姿は、相変わらずかっこいい。私にはそういう威厳のようなものはどうにも苦手で、ルイスに対してもしっかり強気に出るようなことはできない。一礼して玄関ホールに戻って行ったルークを見送りながら、つい口から「かっこいいなぁ……」と漏れてしまう。


「僕頑張ります、マスター!」


「ああ、違う違う! 私がマスターとして、しっかりしないとなって話よ」


「そのままでもいいと思うけど……」


 グレイシアお姉様にはそのままでもいいと言われたけれど、私としては今のままの自分ではなく、自信に満ちたかっこいい魔女になりたいのだ。


「そうだグレイシアお姉様、お姉様は何度かイヴェットのきょうだいをお預かりしたことあるんですよね。気をつけておくべきこととかってありますか?」


 話を振ってみると、お姉様は「あー」と小さく声を上げられた。そして、イヴェットの箱に入っていた注意事項の紙を見せて、指折り数えて私に教えてくれる。


「まず、さっき言った観察日記を書いて、異常行動に気をつけること。それからこの紙によると……『その一、砂糖菓子は普通の同サイズの《ドール》より多めにあげること。一日三回、魔女の食事の時に一緒に食べさせてやる程度でよし。そのニ、夜は早めに動かなくなるので、その時は箱にしまってやること。その三……、一人称がイヴェット以外になったら、すぐ連絡すること』、みたいね。私からは追加して、多少変なこと言い始めた時は観察日記に書いておいてほしい、かしら」


「《ドール》を預かるって、色々あるんですね……」


 イヴェット達だけよ、と私の呟きに補足された。普通の核であれば、恐らくはここまで異常な言動を警戒されないだろう。元の人間の名残が出ることがあるとはいえ、それ自体は愛すべき個性であり人形師に報告すべき異常性と見做されないからだ。だけど、普通の核より特殊な加工をされたというこの子の場合、何かが別なのだろう。


(そういえば、ルイスはどうなんだろう……)


 紅茶を飲みながら、そんなことを考える。ルイスの場合は元の人間だった頃の名残に、消された名前と前の持ち主の記録もあるから、さらに特殊だけど。今私の前で紅茶を飲むこの子が思い出すなら、幸せな記憶であってほしかった。

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