第172話 クロスステッチの魔女、《ドール》を預かる

「3日くらいなら大丈夫だし、何より、明日から私は《ドール》達を連れて素材狩りに行こうとしてるのにイヴェットは連れていけないわ。留守番させるにも不安があるし、かと言って連れて行ったら何が起きるか……」


「ああ……」


 それは確かに、と、私はお姉様の部屋を見回しながら思った。グレイシアお姉様が素材狩りに出る時、留守番の《ドール》がいるから家を完全に空にすることはないらしい。しかしその留守番の子だけでは、動きがぎこちなく、実験で作られた核であるイヴェットの取り扱いは不安なのだろう。素材狩りに連れて行けば、間違いなく破損もする。素材狩りを延期しないのかと思ったけれど、「狩られる前に狩ってしまわないといけないし」と補足するようにグレイシアお姉様がぽつりと呟いた。


「なるほど、素材の取り合いですか」


「そういうこと。イヴェットの観察日記をつけてくれればいいから」


 そう言ってお姉様は、上質な白い紙を3枚渡してきた。これで書いてほしいということらしい。滑らかな羊皮紙だった。


「妹弟子がいるって言ったら、あなたが預かるのでもいいかも、なんて言ってたしそうさせてもらうわよ。何かあったらすぐ、水晶で連絡してくれていいからね」


「何かって一応聞いておきますが、どういうのを考えてますか?」


 んー、とグレイシアお姉様は指を折りつつ、過去に預かったという《ドール》達のことを思い出しているようだった。


「突然言動が支離滅裂になるとか、本人もよくわかってない顔で踊り出すとか?」


「それは確かにおかしいですね?」


 やはり開発中の核というのは、よくわからない挙動をすることがあるらしい。


「そういう核って本当に大丈夫なんです? 私、預かってる間に捕まっちゃったりしません?」


「それはないはずだから安心して……多分。一応、魔女の掟を破るような《ドール》を作る人は友達にしてないから」


 私達がそんな会話をしていても、イヴェットは淡々と会話を聞いているだけで口を開かなかった。「いいかしら?」とグレイシアお姉様に聞かれても、小さく頷くだけ。


「この子はクロスステッチの四等級魔女、悪い子ではないから安心して。3日、イヴェットを預かることにしてもらうわ」


「かしこまりました。よろしくお願いします、クロスステッチの魔女様」


「えーっと、よろしくお願いします」


 私がつい頭をぺこりと下げると、イヴェットは心なしか少しだけ不思議そうに首を傾げたような気がした。ルイスは「僕またお兄さんになります」と嬉しそうにしていた。

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