第167話 クロスステッチの魔女、もう一人の『魔女』のことを想う
魔女としての名前は、師匠に与えられる大切なものだ。自分の特異なことを主として名がつけられ、時折変えることも、あるらしくて。だから、おかしいことではない、はずだ。だから、三等級以上は元の自分の名も添えて名乗るのだ。リボン刺繡の魔女、と言ったらお師匠様もお姉様も反応してしまうから。
『リボン刺繡の二等級魔女アルミラの弟子、クロスステッチの魔女』は、過去にいたっておかしくはない。例えば私の目の前でお茶を飲むお姉様が、リボン刺繡をお師匠様から本格的に受け継ぐ前に、クロスステッチの魔女と呼ばれていた可能性はゼロではない、のだ。なのに、どうしてこんなに胸がざわざわするんだろう。
「あら、あの箱が気になるの?」
「え、ええ……ルイスが入るくらいはありそうだな、と」
私が視線を箱に向けて物思いに耽っていた様子を見て、グレイシアお姉様はそういった形に解釈したようだった。実際、箱の中からは魔力を感じる。何か、魔法の品物が入っているのだろう。
「そのお友達、というのは、どういう人なんですか?」
「狩り好き人形師」
中々火力のある言葉が飛んできた。どこで知り合った魔女なのだろう?
「今日家に上げなかったのも、魔物の血が滴りそうだったからなのよ……今度竜の素材を手に入れるって張り切っていたし」
「武闘派の魔女なんですね……」
「彼女の作った《ドール》は武勇に優れてる個体が多いし、少年型の《ドール》はみんな魅力的なのよ。今警備に散ってる何人かは、彼女の作品だし。で、たまに私に《ドール》を預けて、行儀見習いをさせることがあるの。だから、ルイスにも剣を教えられる方式が整っていたとも言うわね」
きっと、グレイシアお姉様は私に気を使っている。それはひしひしと感じられた。話を聞いていたことを悟られているかもと思ったけど、話題を明らかにお客様の《ドール》に持っていきたがっている。私が二人目だということを離したくないのか、それとも、私が妙な雲のこととかで怯えていると思っているのか……どちらにしても、これはグレイシアお姉様のお心遣いだ。だから今は、話に乗るしかなかった。それに、いつか聞くとしたらお師匠様の方だろうし。
「開けてみないんですか?」
「……私にわざわざ預けてくるだなんて、絶対何かあるのよ。彼女、修理は苦手だって言ってて、そういう意味でもよく一緒に仕事しているし」
お師匠様とお姉様は修復に強みを持つ人形師だ。その腕を頼ってのことなのだろう。
「私、どんな子か見てみたいです」
「じゃあ、開けてみて頂戴」
はあい、と明るく返事をしてみせて、箱に巻かれていたリボンを解く。中にいたのは、目を閉じて眠る一体の《ドール》だった。
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