第166話 クロスステッチの魔女、訪問者の話を盗み聞く
少し警戒した様子のお姉様が私に部屋で留まるよう、指の動きで示した。同時に、ルイスが剣の柄に手をかけたまま戻ってくる。
「ルーク先生から、僕はマスターとここにいろ、と」
「あなたのマスターの最終防衛線ね。知り合いのような気もするけど、誰かしら……」
ルイスと私を残して、扉が閉まる。私の方も、お姉様が置いていった攻撃用の魔法の刺繍と石のどちらも取れるように手の位置を工夫した。相手が誰であれ、結界を壊したわけではない以上、玄関からおとないを告げるはず。
『ごめん、ください』
女の声がかすかに、こちらにも聞こえていた。少なくとも、私は知らない声だ。ヒビの入って嗄れたような、奇妙な声だった。
『あら、──? 今このあたりは物騒なのよ』
どうやら相手は、グレイシアお姉様の知り合いだったらしい。お姉様の声から警戒の色が消えて、立ち話を始めたようだった。
『私の妹弟子が、《──く雲》に追い回されて逃げ込んできてるの。それでいつもより、結界を念入りにしてて』
『道理で、《虚繋ぎの扉》がうまく──。《裁縫鋏》の残党は沸いてくるから、気をつけないと』
客人と話すのなら、部屋に招き入れればいいのに。そう思ったものの、お姉様は話し続けているようだった。急な客人が来ても紅茶とお菓子でもてなすのが、お師匠様から私達に受け継がれた流儀なのに。
『早く戻った方がいい──』
『そうか……これを預けに──。貴女なら、きっと──妹弟子でも』
『それはあまり──あの子は──』
私のことが話に出て、つい気になって扉を少しだけ開けてしまった。ルイスが私の方を見ているのもわかるけど、話が気になって仕方ない。
「二人目の《クロスステッチの魔女》、今度こそ堕とさないようになさい」
「あの子は優しい子だから、その心配は──いえ、そうね、私達は『前もそう言って、駄目だった』もの」
「優しい子だと言うなら、コレを預けてみたいな。挨拶も」
「その格好で家に入り込んだら叩き出すわよ」
ああ、あの魔女も何かを知っているのだ。そしてグレイシアお姉様は、きっとそれだから彼女を家に上げなかったのだろう。魔力の気配がしたかと思うと、魔女は消えてしまった。グレイシアお姉様が振り返る前に、なんとか扉を閉めて大人しく座ってたフリをする。
「……昔馴染みの魔女なんだけど、彼女、《扉》系の魔法が得意でね。家の中に直接入り込もうとして、結界を発動させちゃったみたい。やめろって言ってるのに、反省しないから諦めてるけど」
そう言いながら入ってきたグレイシアお姉様の手には、長細い箱が抱えられていた。私は話を聞いていないフリをして、箱を指差して尋ねる。
「お姉様、その箱は?」
「預かれって渡されたのよ。中身は察しがつくけど、あまり開けたくないのよね」
お姉様はそうため息をついて、なんでもない様子で箱をテーブルに置くと紅茶を飲んだ。
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