第168話 クロスステッチの魔女と試作品の《ドール》
開けてみた箱の中には、柔らかい無地の布を緩衝材にして一体の《ドール》が眠っていた。蜂蜜の色をした、肩にかかる程度の髪。目を閉じていて、瞳の色はわからない。仔犬か仔猫のように体を丸めているけれど、ルイスと同じくらいは一回り小さい。男や女に育っていく前の、未分化の子供の体型。
「かわいいですね……」
「かわいらしいけど、私の趣味ではないのよねぇ」
「お姉様は少年型が大好きですものね」
そんな話をしながら、眠っている《ドール》の様子を見守る。目が開いた状態で店に転がされていたけど、意識は恐らくなかったルイスのことも思い出した。ルイスはあの時、名前を消されていたから、考えるに足るだけの自我がなかった。この子はどうなんだろうか、と思っていると、グレイシアお姉様が緩衝材の布をぽいぽいと取り始めた。
「お姉様? この子がびっくりしてしまいません?」
「休眠状態の《ドール》なら気づかないわよ。いつもは箱の中に、どんな子で名前は何で、こっちに何をさせたいのか書いた紙が入ってるはずなんだけど……」
簡単な説明書だなんて、出来立ての《ドール》の自我の薄さを思うと必要なのかな、とも思う。それとも、店で売られてる時点での自我は薄いけど、ルイスがそうされたように《名前消し》で記憶を消されていたりするのだろうか。
「《ドール》って、元が人間の心のカケラだから立ったり歩いたりは教えなくてもできるんだって思ってました。違うんですか?」
「大体はそうなんだけど、預けに来るような《ドール》は普通の店売りの子達とは違うのよ。ある程度仮の名前をつけて、動きを確認した後の子達とはいえ……行儀見習なんてやらせてる時点で、なんというか、試作品に近いのよ。新しい《
「それに付き合ってあげてるだなんて、いいお友達なんですね」
やっと目当ての紙数枚を発掘したグレイシアお姉様は、私の方を見て「ただの腐れ縁よ」と笑う。
「四等級魔女試験の会場で一緒だったの。その後組合で再会して……気がついたら、えーと、百年くらい? 姉妹弟子の他だと一番付き合いが長いわね」
私の方は試験の時は緊張していて、周りに誰がいたのかなんてまったく覚えてない。もし当時会っていた人に今会えたとしても、それとわかる自信はなかった。終わったらこんなものかと拍子抜けしたけれど、落ちたらどうしようと怯えていたものだから。
「この子、名前はなんて言うんです?」
見せられた紙には、「イヴェット」と書かれていた。
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