第150話 クロスステッチの魔女、チェリーの花糸の話を聞く

「そういえば、クロスステッチの魔女ちゃんは糸を自分で紡ぐの?」


「はい、お師匠様から教わって少しできます」


 お二人ほどはうまくありませんが、と付け加えることを忘れなかった。糸を紡ぐ魔女の一門から糸を買うこともあるけれど、自分でできるようになれとお師匠様に仕込まれたのだ。頼んで糸を紡いでもらってる時間がないような、貴重な素材もあるのだから、と。


「アワユキの中にある魔法糸は、マスターが紡いだものなんですよ。僕のも今度紡いでもらうんです」


 ルイスがそう言って、アワユキを羨ましそうに見ている。私の不格好な糸よりもルイスの中を走る綺麗な魔法糸の方がいいと思うのだけれど、ルイスは私に紡いでほしいという意思を曲げなかった。


「ルイス、私の糸はまだちょっと太いよ……?」


「だって僕もマスターの糸がいいです!」


「なるほど、確かに自分のマスターの魔力がある糸の方が嬉しいだろうな」


「私達はずっと自分のマスターに魔法糸を紡いでもらってましたから、見落としてましたね」


 ルイスの駄々を、グウィンとエマが見守るようにして感想を述べていた。完全に、年下の子を見る年長者の図だ。まぁ外見はルイスより大きいし、間違いなく内面もそうだろう。


「そういえば今は、春でしょう? 春先はチェリーの花からも紡げるのよ、魔法糸」


 そう教えてくれたのはミルドレッド様だった。大量の花から紡いだ糸で布を織ると、ほんのりチェリーの香りがする布になるのだと言う。魔法糸として《ドール》の中に組み込めるだけの魔法の力もあるし、春ならではということで、季節ごとに糸を張り替えるような魔女が好む素材のひとつだとか。


「季節ごとに張り替えるって大変なのでは……?」


「狩りをして激しく体を動かさせると、消耗は大きいからね。大事なところで切れる前に、こまめに張り替えてるそうよ」


 そんな話を聞いていたら、ルイスが期待に満ちた目で私を見上げていた。


「欲しいの? チェリーの魔法糸」


「いえ、僕はマスターが僕に紡いでくれた糸が欲しいんです」


 訂正されてしまった。私もお二人に紡いでもらおうとは思ってなかったけれど、私が紡いだというのがそれほどまでに大事らしい。糸紡ぎの一門に所属する二等級魔女の仕事なんて、私の稼ぎでは恐れ多くて依頼なんてできない。


「魔法糸に使えるようなチェリーの花のある木となると、あそこかなぁ」


 私の頭に浮かんだのは、前に歯車細工の魔女と出掛けた山にあった大きな木だ。あれはチェリーの木だったような気がする。


「その子のためにも、早く行ってあげたら?」


「ガブの用事が終わった後も、私達に付き合ってもらってたようなものだし」


 お二人がそう言うので、思い立ったらなんとやら。私は丁寧に二人の前を辞して、席を離れることにした。

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