第148話 クロスステッチの魔女、不穏な噂を聞く

「クロスステッチの魔女は、しばらく北に行く予定はある? 《扉》は持ってる?」


「四等級の私に《扉》は無理ですよ! どこに行くにも箒ですけど……北はありませんね。というか、しばらくは何の予定もない状態です」


 私の答えにぼそっと「羨ましい」と呟いたのはガブリエラ様だった。やはり人気の魔女となると、忙しいのだろうか。忙しそうだったものなぁ……。


「さっき組合の耳には一応入れた程度の話なんだけどね、どうもまずいのが出るって噂を聞いたのよ。人間の方が、こういうのは耳が早いの」


「まずいの、ですか?」


 指でカップをコツコツと叩きながら、ミルドレッド様が「竜と、《裁縫鋏》」と呟いた。


「竜の方はまだ普通に魔物だけど、《裁縫鋏》はねぇ」


「まだいたのかーって感じだよねぇ。クロスステッチの魔女ちゃんみたいな若い子は知らないだろうけど」


 ……それが魔女を表す符牒だった場合、会ったことがあるかもしれない、というのは一旦黙っておくことにした。私の顔色を窺ったのか、ルイスも黙ってくれてるようなので、そのまま話を聞くことにする。


「若い子でも通じる言い方だと、何かしら。《一条破り》?」


「あ、それならなんとなくわかります……まずいじゃないですか!」


 魔女の最初の掟……『美のために人を傷つけてはならない』を破る者ということだろう。確かに私が会った女も、侍女に魔法をかけてリーゼロッテを追いつめたりしたし……処刑に追い込んだ可能性もある。血で糸を染めたりなんかしてまずいのでは、と思っていたけれど、やっぱりまずいのだろう。


「あーいうのは口が達者で、若い子を自分達の仲間に勧誘することもあるのよ。だから、自分の美意識を確定させていないような子なんかは会話しちゃダメって……言われなかった?」


「いえ、お師匠様からは……『悪い魔女はたまにいるかもしれないけど、みんなすぐに気づかれて罰される。《裁きの魔女》達は罪人を決して逃がさない』という形くらいでしか」


「……気をつけるのよ。勧誘されて引き込まれたら、重罪は免れないから」


 どうして、お師匠様は私にこれを教えてくれなかったんだろう。かなり大事なことなのに。それとも、私が忘れてしまっていただけだろうか。


「魔女組合で調査して、竜だけでも本当だったらお知らせが出るわ。素材狩り大会の」


「素材狩り大会???」


 真面目な気分が程なく吹き飛んだ。魔女は早々死なないし《ドール》達だっているとはいえ、大会?


「人間の冒険者ギルドと、どっちが先に竜を狩れるか勝負になる可能性もあるのよ」


 いいのかそれで。

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