第146話 中古《ドール》、マスターの不安を垣間見る

(マスター……?)


 僕を抱き上げているマスターの手が、少し震えているような気がした。多分、気づいているのはマスターに触れて見ている僕だけだ。アワユキもマスターとくっついてはいるけれど、この子は精霊だからかぬいぐるみの顔をしているからか、マスターの様子に気づいたようには見えない。


 マスターの名前には、何か秘密があるらしい。多分、彼女は普段は気にしていないか、気にしないようにしていることだ。けれど、宝石糸の二等級魔女ミルドレッド様や、グース糸の二等級魔女ガブリエラ様など、年経た魔女にとってマスターの名前は何かあるらしい。それが何なのか、僕にもマスターにも誰も教えてくれなかった。


(マスターのお師匠様は、知っているんでしょうか……知っているんでしょうね)


 きっと、知っていてマスターに《クロスステッチの四等級魔女》という名前をつけたのだ。そうでなければ、こうやって何人かから言われることはない。だから時々、きっとマスターは怖くなるのだ。マスターが知らない、何か恐ろしいことを、他の魔女達は自分の名前を見て判断していることを。


「マスター、僕、マスターにとって高いお買い物でしたか?」


 わざと明るい声でそう言えば、マスターは「うん、ちょ~っと高かったけど、後悔してないよ」と答えてくれた。


「そういえば、どうしてその子は右と左で瞳が違うの?」


「この子、正規のお店じゃなくて中古で買った子なんです。その時には片方の目が落ちていて、内部の魔法糸もボロボロだったので……。お師匠様に習って糸を組み替え、目を新しくして、ルイスって名前を付けました」


 なるほど中古、と呟いたのはガブリエラ様の《ドール》・グウィンだった。


「ルイスは、今のマスターは好きですか?」


「はい! マスターがあの時お店に来てくれなかったら、きっと、僕はまだ名前のない暗闇の中にいたと思います。色々と手をかけてくださった結果、マスターが新品の《ドール》をちゃんとした工房で買うのと同じくらいの値段がしたって聞きました」


「楽しくなって買い物が捗りすぎただけだから、あんまりバラさないで欲しいな!」


 グウィンの問いにそう答えたら、マスターに恥ずかしそうに言われてしまった。僕はマスターの慈悲深さを心底感謝していて、心から僕のマスターはこの人だけだと思っているだけなのに。


「……仮に前のマスターが現れたとしても、あなたの持ち主は彼女だと胸を張って言えるんですか?」


 エマの宝石の目で見据えられての問いにも、僕は胸を張って「勿論」と頷いた。その頃の名前も記憶もないから、当然だった。

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