第144話 クロスステッチの魔女、金銭感覚を説かれる

「クロスステッチの魔女ちゃんは大丈夫? みーちゃんみたいに稼ぎを吹っ飛ばしたりしてない?」


「ルイスを買った時に、貯えがほとんどなくなりましたかね? 後悔は一切していませんが」


 お説教がひと段落したガブリエラ様に聞かれて、ルイスを抱き上げて撫でながらそう答える。彼女は「これだから魔女は貯金ができないって言われるんだよぉ」と呟いていた。


「ガブはどっちかと言うと、使ってるヒマと時間がないものね。春の今が一番ヒマのはずだし」


 確かにグース糸作りでいつも忙しいとくれば、使っているヒマがないのだろう。人にお使いを頼むことはできるけれど、何かいいものを買うのであれば自分で目利きをしたいはずだ。

 ちなみに魔女は貯金ができないというのは、人間にも有名な話だったりする。どんな泥棒も、魔女の家には盗みに入らない。よっぽど食い詰めた人間でなければ、くすねて嬉しいものもないのだ。魔女が人間から見て高価なものを持っていることはほとんどなく、貨幣はすぐに素材や他の魔女の作品に消える。あるいは、魔女組合や人間の冒険者ギルドへの依頼料で消えることも多い。『魔女の貯金は次の資金』とはよく言ったものだ。


「ルイスは色々あって安く買わせてもらったのだけれど、その分浮いたお金はこの子のベッドとかで消えましたね」


「経験あるわ。予算より安く宝石が買えたから、浮いたお金でもう一個、って」


 ミルドレッド様がうんうんと頷く。一回一回の規模は私のそれより大きいのだろうけれど、多分、発想は似ているようだった。ルイスは「マスターそんなことしてたんですか?」と私の腕の中で聞いてくる。その目が私の金遣いを咎めると言うより、少し不安そうにしているように見えて、私はもう一度私の《ドール》の頭を撫でた。


「いーい? 二人とも。特にクロスステッチの魔女ちゃんはまだ若いんだから、そんな馬鹿みたいな金遣いは改めないとだめよ。みーちゃんみたいになっちゃ駄目。みーちゃんは今日からうちに来て下働きね、また魔法で作ったパンと砂糖菓子だけで暮らしてそうだし」


 姉妹弟子の絆、と呼ぶべきなのだろうか。私にも少々のお説教が飛んできながら、途中でミルドレッド様にも多数被弾しているのが見える。けど、ガブリエラ様はミルドレッド様を養うというか多少生活の見るつもりな辺り、人のいい魔女のようだった。


「というかみーちゃん、こないだがっつり金貨もらってなかった? もしかしてエマちゃんの目で全部消えた?」


「そもそもあれは、素材の仕入れ賃も兼ねていたもの。縫製は花嫁衣裳の魔女に頼んだとはいえ、姫君の花嫁衣装に使うための布なら上等な素材から糸を作らないといけないし」


 あれ、なんだか最近聞いた話が聞こえる。


「あのー、ミルドレッド様」


「どうしたの?」


「その衣装って月の銀色のドレス、星の煌めきのドレス、太陽の金色のドレスの三点です?」


 手を上げておそるおそる聞いてみると、ミルドレッド様に不思議そうな顔で頷かれた。

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