第143話 クロスステッチの魔女と宝石の瞳

「クロスステッチの魔女ちゃん、エマちゃんの目、綺麗でしょ? これね、本物の宝石なのよ……」


「ぅえっ!?」


 半ば恨みのようなものが篭った低めの声でそう言うガブリエラ様に対して、彼女の《ドール》が「流石に驚きました」とそこまで驚いてなさそうな声で呟く。確かにその強い輝きは硝子で出せるようなものではなくて、宝石という話に説得力を持たせていた。


「上等な楔石スフェーンの丸石を、宝石細工の二等級魔女に頼んで加工してもらったの。ちゃんと虹彩も彫り込んであるのよ」


「ひええ……」


 いくらするのか、考えたくもない代物だった。丸い硝子に宝石を薄く切って貼り付けたドールアイなら、確か昔に見かけた記憶がある。その時はそれ一つで金貨がかなりかかるようなものだったから、丸々宝石だなんてお値段を想像したくない。


「あの、この白目の部分も何か特別な石ですか?」


 見せてもらったドールアイの、白目の部分。そこに何か変わった色合いを感じて聞いてみると、ミルドレッド様からさらりと「魔法真珠よ」という返事が返ってきた。


「みーちゃん待ってそれ聞いてない! いくらしたの、このお目目いくらしたの!!!」


 きっと同じ師匠に弟子入りした頃から、このお二人はこうだったんだろうな。そう思ってしまうような鮮やかな手並みで、ガブリエラ様がミルドレッド様の肩をがくがく掴んで揺さぶっていた。グウィンは苦笑い、エマは値段を知っているのか主人達の戯れから目を逸らしている。本来なら服か身につけてるアクセサリーのどれかでそんな触れ合いを跳ね除けることも容易いだろうに、ミルドレッド様はそれをせずに揺さぶられていた。


「……稼ぎ、半年分? よりもうちょっと上かしら、やっぱり真珠にしてって言いに行ったし」


「みーちゃんのお馬鹿!!! 綺麗なもの欲しさに素寒貧になるまでお金出しちゃダメって、何回言ったら覚えるの!」


 ミルドレッド様からお顔を見た時に感じたお嬢様オーラは、薄くなっていた。なんというか、親しみの持てるところまで降りてきた、と言うべきだろうか。


「マスター、マスターはあんなことしちゃダメですからね」


「あら、ルイスの服とかは今日買うつもりだったんだけど」


「あの子の目、すごくキラキラしてるのー」


 私達が呑気にそんな感想を話してる間、ミルドレッド様はガブリエラ様に公開説教をされてるようだった。周囲の観客で何人かがギクリとしているのは、多分、そういう買い物をした経験のある人だろう。

 ルイスを撫でながら、私にとっても《ドール》はちょっとそういう……不相応に高価な買い物に近かったと思ったことは二人には言わなかった。

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