第139話 クロスステッチの魔女、春の大掃除をする

 アワユキには、無事に暑さで溶けない毛皮と綿の体を与えることができた。メルチは占いの通り、行くべき場所へと旅立った。ここ最近の懸念事項が解決して、魔女の肌にも伝わる確かな暖かさにほっと安堵の息が漏れる。


「マスター、マスター、春ってなんだか外が楽しそうです」


「アワユキはねー、春はねー、はじめてなの!」


「僕もです」


 重い木の窓を開け放っていたら、私のかわいい《ドール》達は窓枠に座って外を見ながら話をしていた。人間だった頃の家は分厚い石でできていたから、窓枠に座れそうだと子供の頃は思ったことを思い出す。当時はそんなことをしている暇がなかったし、今となっては狭くて小さすぎる。一度くらい、やってみておくべきだったかもしれない。


「マスター、春って何をするんですか?」


「んー、まず冬の間に溜まっていた汚れを本格的に出すための大掃除でしょ。春の花や草はいい魔力を持ってるものが多いから、それの採取。後は冬の間に受けてた仕事の納品とかも兼ねて魔女組合に……アワユキの登録と、メルチの話も一応しておかないとだったわ」


 指折り数えてみると、やっぱり春もそれなりに忙しそうだった。


「よし、まずはお掃除よ! 飛べる二人には、高いところでのお仕事を期待してるからね」


「どうやるのー?」


「僕が教えますよ、アワユキ」


 もうどうにも再利用などができないようなはぎれを切って雑巾にする時、二人が使えるような小さなサイズの雑巾も作っていた。それを先に渡して、ルイスがアワユキにやり方を教えてる間に少し外に出る。水瓶に溜めていた水は《保存》の魔法があっても時間が経っているし、せっかく綺麗にするのだから、水も新しい物にしたい。なので近くの小川で水瓶に残った水を捨て、ついでに洗ってから、新鮮な汲みたての水を入れて戻った。これは私が両手で抱えるほどに大きいから、ルイスには持たせられない。持てるかもしれないけれど、絵面があまりにも不安しかなかった。


「さ、やるなら新しいお水で家の中ピカピカにするわよ!」


「「はーい!」」


 冬の間、掃除をしていなかったわけではない。けれど人間のメルチがいたし、私でも寒いような冬には、家中の窓を開け放っての換気も難しいから久しぶりに全部の窓を開けた。火を使っていたところの上には、煤がこびりついている。空が飛べるルイスとアワユキがいてくれるおかげで、ここの掃除もできた。お師匠様なら箒で飛びながら拭いたかもしれないけど、私は箒に乗りながら長時間片手を離せる自信がない。


「マスター、これなんですか?」


「あら、なくしたと思ってたボタンじゃない。ありがとう、ルイス」


 思わぬ発見もしながら、努めて明るく、春の大掃除は行われていった。

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