第130話 クロスステッチの魔女、メルチの今後を考える

 私はお師匠様とお茶をして一息ついた後、前から思っていたことを聞こうかと私は口を開いた。


「お師匠様、メルチは確かに魔女に向いた才を持っています。魔力操作、という形については。永遠に向いているかは、まだわかりませんが……私個人としては、メルチはあくまで『問題からの逃避』—―意図しない結婚から逃げたくてここに来たんですから、それが解決したら人間に戻れる目を残しておくべきだと思うんです」


 明らかに高貴な人であるメルチに家事を仕込んだのは、彼女が諦めることを多少狙ってのことだった。けれど、メルチは私が思っているより根性があって、今ではすっかり料理が上達していた。針や食器より重いものを持ったことがありません、という顔だったのに、今ではイモの皮むきからスープ作りまであっという間だ。


「まだメルチは《契約》をしていないだろう。その首飾りも、あくまであんたがメルチの願いを聞き届け、魔女側の庇護下に置いているというだけのもの。この子は、人間のままだよ」


「意図しない結婚が嫌なら、正直、他の人と結婚してしまうのが早い気がするけど……好きな人とかいるなら、メルチしないで駆け落ちするものねぇ」


 単純に失踪する者や、駆け落ちする者など、何か問題を抱えて逃げ出そうとする者には何種類か、人間の世界の中でも抜け道がある。メルチはそれをしなくて、魔女達の世界に駆け込んできた。


「正直、世間知らずな自覚はあるんですよね、私」


「魔女のことを知っていたら、青い首飾りをした四等級魔女のところに助けを求めないしね」


 メルチの言葉に、お師匠様はニヤニヤ笑いながらそう言った。そもそも四等級魔女は半人前と一人前の間だから、人間の中に姿を現して彼らの問題を解決しようとするより、魔女組合で同族相手に依頼を解決したりして腕を磨いていることが多い。魔女の等級は首飾りでわかるから、詳しい人間の中にはその色を見て「青い首飾りの魔女に物を頼むのはちょっと……」という者もいた。言われたこともある。ちょっと腹が立ったが、言われても仕方ないのは事実だった。

 ちなみに同族相手だと、「自分で魔法を作る前段階として、布や糸の材料を一々作るのは面倒だから魔力の弱い新米に作らせたい」という需要が一定数あるので、案外うまくやっていける。未熟な魔女も、そうやって回数を重ねて布や糸を上手に作れるようになって、そこから魔法を上達させるのだ。


「お師匠様、私、結婚とかよくわからないんですけど……本当にどうにもならないんですか? どこかにいい人でもいたらいいんでしょうけど」


 私のその言葉に、お師匠様は天鵞絨ビロードの小さな布包みを取り出した。

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