第129話 リボン刺繍の魔女、新入りの観察をする

 あたしの弟子、クロスステッチの四等級魔女キーラは妙な星回りの中にいる。《ドール》が主流になった今では珍しい精霊人形の契約を結び、これまた古風なメルチに駆け込まれて四等級なのに師匠の真似事をしていた。少し目を離していた間に、である。


「少しとは言いますが、私にとっては少し、よりは長めでしたよ。何ヶ月かでしたし」


「あんたが冬支度に間に合わないって、泣きつくと思っていたのよ。そうだ、余りだからこの辺もらっていきなさい」


 いくら元が庶民で冬支度にも慣れているとはいえ、自分一人で初めてやること。あたしが自分のお師匠様に多少助けを求めたりもせず、一人で冬支度を完璧にこなせるようになったのは……一人になって何年か経った後のことだったのは覚えていた。だからこの弟子もそういう子だと思って、用意していた林檎と胡桃の蜂蜜漬けの瓶や干しておいた肉の一部を渡す。人間のメルチは勿論、クロスステッチの魔女自身もしっかりご飯は食べている証に顔色は良かったけど。


「わぁ、お師匠様の蜂蜜漬け! ありがとうございます、蜂蜜を買ってくるの忘れちゃって漬けられなくて……メルチ、お師匠様のこれはとってもおいしいのよ」


「それは楽しみですね、姉様。パンにつけてもおいしそうです」


 冬に果物なんて贅沢だ、などと言いつつ毎年、冬になるとこの弟子はおいしそうに食べていた。あたしの弟子になってから食生活が大幅に変わった彼女にとって、林檎と胡桃の蜂蜜漬けは特に特別なものらしい。言ってくれれば秋の時点で瓶をあげたというのに、この弟子は頼りたくなかったのだろうか。


「メルチ、粉砂糖が出せるというならお茶に砂糖を入れてくれるかしら」


 あたしはそう言って、紅茶のカップをメルチの娘に渡す。色の白く、細い指には傷がいくつかある。弟子が容赦なく家事を仕込んだ結果だろうとは、すぐにわかった。メルチになり、魔女の側に身を浸した以上、元の身分が何であっても料理洗濯掃除は叩き込まれる。メルチをどう扱ってるのかと思っていたが、本当にきっちりやっていたようだ。


「わかりました。まだ、あんまりうまくないんですが」


「魔女は気の長い生き物よ。一年どころか季節ひとつも巡ってないんだもの、そもそも砂糖菓子をしっかり出せるとはあたしの弟子も思っていないさ」


 メルチは自分で刺したという木綿の刺繍布をカップの上で握って、むむむ、と力を込める。か細い魔力が少しだけ刺繍に染みて、粉砂糖がポロポロと落ちたのがあたしの目に見えた。


「やるじゃない、ちゃんと甘いわ」


 あたしが紅茶を飲んでそう言うと、メルチはほっと安心したように笑った。

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