第124話 クロスステッチの魔女、楽しいお出かけを終える

 私達は必要そうな材料を集め、ついでに自分達で食べられる木の実も採った。メルチが増えてもなお、春まで余裕で食べていけそうな収穫だ。アワユキの身体も、雪竜に似せて色々と作れそうなだけ材料が集まっている。


「さ、日が落ちるまでに帰るわよー……と言いたいところだけど、完全には間に合いそうにないわね」


「楽しくなってしまって、つい時間を忘れてしまいましたね、マスター……」


「夜の森は怖いですよね……」


 私自身も、暗闇で物がしっかり見えるわけではない。夜目を効かせるための魔法は少し難しくて、こういう時は明かりをつける方が早かった。

 《灯り》の魔法の刺繍を刺したリボンを蝶々結びにして、《灯り》の裏に刺した《蝶々浮遊》の魔法と両方に魔力を通す。ひとつのリボンにふたつの魔法を刺すのは難しいので、実際には二本のリボンにふたつの魔法を刺して、それを剥ぎ合わせた合成魔法の蝶だ。お師匠様やお姉様達なら、ひとつのリボンで上手にふたつの魔法を刺すのだけれど、私にはまだそこまでの知恵はない。


「わあ、すごいですね姉様!」


「光る蝶々、とっても綺麗です!」


『精霊みたーい』


「ふふん。これで暗くなっても大丈夫だけど、はぐれないように気を付けてね」


 光るリボンの蝶々は、私の意志の通りに動く。本物の蝶々のように羽をひらひらと羽ばたかせて、ルイスやメルチ、アワユキの周囲を舞わせると三人とも喜んでくれた。蝶々を飛ばして明かりにしながら、帰り道を歩く。

 アワユキの材料は集まったけれど、メルチをどうしようか。私が彼女を預かっていることを知っているのは、お師匠様だけだ。魔女組合への報告義務とかもなかったはずだけれど、一度顔は出した方がいいかもしれない、なんてことも考えた。仕事の納品と、新しい仕事の受領もしておきたいし。


(メルチはお師匠様の元で魔女になるにしろ、問題をなんとかしてメルチの状態をやめるにしろ、いつかは私の元を去る。そういう時に、餞別のひとつくらいは用意しておきたいもの)


 もちろん、そのことは誰にも言わない。光る蝶々を目で追いかけているメルチは、いつかこういう日が終わることをわかっているのだろうか。一時的なものとはいえ、メルチを求め私を頼ってくれた人だ。私から、何かを用意しておきたかった。別れるのなら、綺麗にお別れができるようにしておきたかった。


「姉様、帰ったらすぐにお夕飯にしましょうよ。あったかいスープにパンで、中から体を温めたいです」


「あらま。寒かったなら言ってくれればよかったのに」


 こんな会話もいつかなくなる。でもそれは、メルチの問題が解決した時だといいと思った。

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