第123話 雪の精霊、自分の身体に相応しいものを見つける

 アワユキは、アワユキという名前をつけてくれるまで、自分というものを意識しなかった。自然現象を司る精霊としては、たぶん、珍しい話ではない。名をつけられて初めて、精霊は自我というものを手に入れる。それがいいことか悪いことかは一長一短だったものの、今のところ、アワユキは満足している。主様につけられた名前も、兄様や妹分や主様との暮らしも。

 雪兎の身体と名前があるから、アワユキは外を飛ぶ同じ《雪の精霊》の中には戻れない。体を脱ぎ捨てても、名前の契約を消しても、一度違うものになってしまったアワユキが、同族達と同一のものになるのは簡単ではない。こうして得た思い出のすべてを長い時間が洗い流して、新雪で真っ白い野原のようにしてしまわないといけない。それを、アワユキはわかっていた。わかっていて、助けてもらった恩もあって契約に頷いたのだ。主様は、知らなくていい。精霊たちみんなが、ずっとしまい込んでいる内緒ごとだ。アワユキ達も、それをかつて魔女と契約した精霊に教えてもらった。


『見てみてー、綺麗でしょ』


 雪の中に埋まっていたのは、凝った北風の紫の小さな欠片。これを両方の瞳にしてほしいと訴えれば、優しい主様は頷いてポシェットに入れてくれた。

 兄様がくれた、魔兎の白い革。妹分のくれた、青空胡桃のふわふわの中身。そしてさっき主様が手に入れた薄紫の茸水晶と、アワユキの見つけた北風の欠片。


「これだけあれば、十分ですかね?」


「ううん、前に見かけた雪竜に似せるなら……後は、紫色と金色の染料。それと透明な石が……あ、これいいかも」


 兄様に説明をしながら、主様が屈んで拾ったのは綺麗な虹色に光る小石だった。雪とは違う白の中に、傾けると虹色がある綺麗な石。雪竜の額の魔石の代わりになりそうだった。


「空飛び虹魚のウロコ、かしら。アワユキ、これはお気に召すかしら?」


『おきにめすー!』


 主様のお洒落な言い方を真似して返すと、主様はにこっと笑ってアワユキの頭を撫でてくれた。雪の身体は冷たいだろうに、主様は気にしない様子でいつも触ってくれる。お人形の身体の兄様は体温がないからお互いに平気だけど、主様の手は少しあったかいから、ちょっとだけ溶けそうにもなるのだ。でもこれも、主様に雪竜の身体を作ってもらうまでのこと。それまでは、嬉しいハラハラを楽しんでいるのも主様には内緒だ。


「姉様、この金色の木の実は使えそうですか?」


「あ、これはいい染料になりそうね」


 アワユキの後に来た妹分も、主様に褒められてうれしそうにしていた。『褒められるのは嬉しいよねー』と妹分に言うと、彼女もこくんと頷いた。

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