第113話 クロスステッチの魔女、魔女の素質を試す

「姉様、私には魔女の素質はあるのでしょうか」


 メルチは書き物が落ち着いた後で、私にそう聞いてきた。


「魔女になりたいと言って、魔女に弟子入りを乞う者は多い。でも、大半は受け入れられることがない。魔女になるというのは、どういうことかわかる?」


「歳を取らずに死ななくなる……?」


「違う」


 私は即座に否定した。ここを勘違いして、魔女になりたがる人が多いとお師匠様が嘆いていたことを思い出しながら。


「それは副次的なもの。あなた、なんでメルチを求めてうちに駆け込んできたの?」


「あ、えーっと……結婚から、逃げたくて」


「魔女になるということは、俗世からいったん外れるということ。子を持つことはできなくなるし、全ての国において、魔女は元の家に関わることはできなくなる。良い意味でも、悪い意味でも……だから、お前のようなメルチという抜け穴があるのよ」


 俗世のあらゆる繋がりを断ち、人々の繋がりから離れたところに在るのが魔女。魔女はどんなに人の近くにいるとしても、流れる時間が違う。その中に入ることはできないのだ。

 だから、メルチという形がある。俗世でひどいしがらみに囚われた人間が、魔女見習いになるという形でそこから逃げ出すためのものが。


「魔女見習いになれたとしても、その後は厳しく素質を見られるわ。向いてないと判断されたら、即座に辞めさせられて帰らされる。魔女に勧誘された者でも、自分から志願した者でもね。素質が足りないのに、無理に魔女になってもいいことないからね」


 まだ魔女の仕組みが体系を整えられるより前、魔女の歴史にとっても古代の昔には、意図せず魔女になってしまった者の物語も沢山あった。だから今の魔女は、同族として迎え入れるのに慎重になる。望まない不老は、悲劇の元。永遠に向かない人間の方が多い、と。


「魔女の素質、ってなんですか?」


「私のお師匠様は魔女の素質を、五つ挙げていたわ。この五つがある程度以上なければ、魔女になるのは当人にもよくない、と。

ひとつ、『自分の繋がる世界を美しいと思う心』。

ひとつ、『自分の考える美の追求を諦めない心』。

ひとつ、『美の追求のためにはなんでもできる心』。

ひとつ、『自分の家族友人を亡くしても平気な心』。

ひとつ、『過度に妬まず、魔女同士で切磋琢磨できる心』。

これらが足りない人が魔女になるのは、その人が不幸になるだけではないの。それで歪んだ心から、さらなる悲劇が巻き起こされてしまうから……それを防がないといけないのよ」


 その悲劇が何かは、お師匠様は教えてくれなかった。

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