第114話 クロスステッチの魔女、魔法の初歩を教える
「魔女になるかは、いったん横に置いておいて。少し、魔法を試してみましょうか」
私自身は、難しい座学だの歴史だのを学ぶのは得意ではない。だから教える分にも、実践がいいだろうと思ってメルチにそう切り出した。魔銀の針、小さな布、そして青い妖精釣鐘草で染めた糸を二組。昨日こっそり用意していたものを取り出し、一組をメルチに渡した。
「これを貸してあげる。刺繍はしたことある?」
「はい、昔に少し。でもこんな風に穴の沢山ある布ではなかったです」
「こうー……下絵を色糸で埋めていく形?」
そうです、と言うメルチに、「今回はちょっと違うのをやるわ」と言った。私は色糸で埋めていく方の刺繍はうまくできなくて、それでお師匠様が教えてくれたクロスステッチをしている。その結果が、クロスステッチの魔女、という呼び名を授かるに至った経緯だ。他の姉妹弟子たちやお師匠様のように、私はクロスステッチ以外の刺繍はうまくできなかった。
「一番、簡単な魔法を教えてあげる。今回は魔力のある針と糸、私の補助で魔法を使えるように手助けしてあげるから、メルチにはこれを作ってもらうわ」
私がそう言って出したのは、魔法の初歩中の初歩。私自身も最初に教わった魔法である、《砂糖菓子作り》の魔法の刺繍だった。中心点に一筆書きで五つの頂点を持つ星と、それを囲む円。糸の色も指定はなく、ただ、その形を刺繍して、魔力を流し込めば、いつもルイスとアワユキがかじっている砂糖菓子ができる。私はお手本として出した刺繍に魔力を通し、小さな砂糖菓子をコロコロと出してメルチにも食べさせてやった。
「わあ、お砂糖菓子がこんなに簡単に出せるなんて」
「無から有を作るのって本当は結構難しいんだけど、《砂糖菓子作り》と《パン作り》は、今までの魔女達が使い続けて洗練されていって、今となっては見習い魔女の最初の練習に使われるようになったんですって」
というわけで作ってみてね、とクロスステッチの仕方を教えながら話すと、メルチは「頑張ってみます!」と素直に返事をして針を取った。生成り色の布地に、鮮やかに青い色の糸が踊る。
「姉様、このバツ型は全部同じ向きにしないといけないんですか?」
「そうね。一つの魔法の刺繍を作っている間、どちらかに統一してもらうわ。その方が綺麗だし、魔法の通りもいいから」
メルチはクロスステッチそのものは初めてのようだったけれど、刺繍そのものは経験があるというのは本当らしい。少し手順を教えれたのを簡単に呑み込んで、あっという間に刺繍を創り上げてしまった。
「出来上がった魔法の刺繍の糸を始末して、魔力を通す……これについては感覚的なものが大きいけれど、こう、自分と魔法の刺繍を繋げるような感覚、をやってみる」
「やってみていいですか?」
「ええ」
余った糸をハサミでぱちんと切った後、メルチに刺繍を渡す。彼女の白い指が刺繍に触れ、「むーっ」と念じると、砂糖菓子……ではなく、砂糖の白い粉が少しだけ零れた。
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