第78話 クロスステッチの魔女、プレゼントをする

 歯車細工の魔女との、楽しい冒険の後で。私は思い立ったものを作るために、ここしばらくは忙しくしていた。紅葉の赤い葉で作った赤に染めた糸を、琥珀蜂の蜜蝋を引いて丈夫にしたり。もらうだけもらってそのままにしていた、魔銀の革縫い針を手入れしたり。本当は自分で革から用意したいものの、なめしの用意を調べて諦めたりもしていた。……時間をかけて用意することにしよう。


「マスター、何を作られるんですか?」


「ふふ、内緒よ。まだうまくできるか、あんまり自信がないの」


 結局、革は魔女組合に買い求めた。手のひら三つ程度の大きさの割には高かったけれど、質はその分いい。魔牛の革はよく出回っているものの、好みの色と柔らかさを求めたら高くなってしまったのだ。その代わり、可愛らしい栗色の革が買えた。

 夜中に採寸した数字からから、お師匠様が読みやすく書いてくれた書き付けに従って型紙を作る。問題ないことを夜中に確認してから、無駄のないよう慎重に革を切る。革を切るための裁ち鋏も、当然魔銀だ。普通の鉄では、魔力ある獣の素材は切れない。


「ルイス、私が縫い物をしてる間は、お部屋の外で剣の練習をしててくれる?」


「……わかりました、マスター」


 寂しそうな顔をされると、罪悪感がある。でも、下手に期待をさせたくないのだ……ちゃんと想定通りのモノが出来上がるとは、限らないのだから。自分に対する負の信頼感は長年かけて培われた真実だ。

 縫い目は細かく。裏地と表地の間に、風が通るよう魔法の刺繍を刺しておく。えんどう豆の上で眠ったお姫様のお話のように、気づかれてしまったらその時はその時だ。本当は装飾のひとつやふたつでもつけてやりたいものの、そんなことをしたら余り革もなくなりかねないし、私自身の腕も足りなさそうだった。ダメだった時のために、多めに買ってあるのだ。余ってくれたら、別のものを作ることにしようと思い直す。

 外で木剣を振るうルイスを見ながら、私は赤い糸で革を縫っていた。最初は切れ端だけだったのが、段々と予定されていた形に近づいていく。やっぱり、こういうところが自分で作る楽しみなのだ。出来上がっても、すぐには見せない。矯めつ眇めつ、ぐるぐる見回す。穴、引き攣れ、なし。紐で結ぶようなものにはできなかったけれど、それなりの用は果たせるはずだ。


「ルイス、ルイス、最近離れてもらってたものが完成したの。こっちにいらっしゃいな」


「はい、なんでしょうかマスター」


 じゃじゃーん、と効果音を口ずさみながら、私はプレゼントをルイスの前に渡す。それは、可愛らしい栗色の革靴だった。

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