第76話 クロスステッチの魔女、紙を知る

「さっきのあの、写し紙っての、見せてもらってもいい?」


 洞窟から出て、明るい陽の下で私は試しにそう聞いてみた。本当に秘密にしておくべきものなら、多分、あの時私にも見せなかったはずだ。だから大丈夫だろう、と思って聞いてみると、彼女は「あんまり人に広めんといてーな」と断りながらも見せてくれた。

 真っ白だけれど、私が使ってる書き付けの紙と違って少し青白くさえある。ところどころに白い斑らができているところと、半透明になっているところがあった。青空に透かして見ていたのを草地に変えてみると、また違った風情がある。手触りは滑らかな面とざらついた面があり、どうやらざらついた部分を下に敷いて写すのが正道のようだった。

 ちなみにこの紙を開発したのは、歯車細工の魔女の姉弟子の紙細工の魔女らしい。魔法の通りが良い紙を作ろうとした、その副産物として生まれたのだとか。紙の細工物だなんて、どんなものになるのか想像もつかない。


「上手く言えないけど、これがすごいのはわかるわ……」


「材料がちょっと特殊だとかで、頼まれてホイホイ作れるもんやないんやって。やから、広めるのはその辺まとまってからにするて」


 ふうん、と言いながら触り心地の差を楽しみ、私はルイスにも触らせみた。


「変わった紙ですね、マスターのものとは全然違います」


「そうよね。あれは端っこや余りを安くまとめ買いしてるから形も素材もバラバラだけど、どれもこんな紙じゃないし」


 私の呟きに、歯車細工の魔女は不思議そうに首を傾げる。ちゃんとした書き物をするための、しっかり装丁をされた白紙の本はお師匠様がくれた。四等級に受かった時だ。けれど、自分で自分の字がまだ綺麗ではないと思っている私にとって、あれはまだ怖くて使えないのだ。いくら魔法がこの世にあるとしても、紙は高い。魔女が使うものとなると、魔法がかかった紙であることもある。装丁をした白紙の本とくれば、ぽんと買えるものではないのだ。前に見かけた物は、値段を割り引かれる前のルイスより高かった。だから、師匠から新人魔女への贈り物として白紙の本を贈るのだ。


「紙に端っこだの余りだの、あるん? うち、また他の紙に漉き入れるもんやとばかり」


「え?」


 私達は互いに顔を見合わせ、首を傾げあっていた。何か、決定的に話が噛み合っていない感触がある。紙の余りからまた紙が作れるなら、私は切れ端が買えなくなってしまうではないか。


「紙って羊や牛の革で作るものでしょう?」


「紙は草から作るものやろ?」


 心地のいい風が、私たち二人の困惑を笑うように写し紙を揺らしていた。

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